紫煙が立ちこめる部屋だった。
アズール・アーシェングロットは部屋に入った瞬間、顔をしかめたがすぐにそれを引っ込め、直立不動で立っていた。
「事情は知っていると思うが……。アーシェングロット少佐。君の部隊の派遣先についてだ」
「はい」
居並ぶ司令部の重鎮達を前に、アズールは短く返答した。
「羽を休める暇が無い点については申し訳無く思ってはいる。が、何しろ事は急を要する。西部戦線で増援要請が出た」
「西部、ですか」
正面に張られた地図を見上げてアズールは呟く。
「そうだ……。どうやら西部側の敵軍に支援者が現れたようでな。領土回復をしたと思ったらまたおし進んできているんだ」
ふう、とタバコの煙を吐き出しながら、一人が眉間に皺を寄せた。
「西部は帝国の食料庫。あの場所を奪われてしまうと、冬を越せない者も出てくるかもしれない。そうなったら戦いどころか、国自体の崩壊も免れない」
「そこでだ、アーシェングロット少佐。君の部隊の力を借りたい」
アズールは、恭しく頭を下げ
「光栄です。私の個人的な兵とその武器の性能を見込んでの事と推察しておりますが……。我がアーシェングロット家は帝国の勝利と繁栄を願っております。そのための力を示せ、という事でしたら喜んで任務を遂行いたします」
苦虫をかみつぶしたように一人が、そうだ、と頷いた。
「この戦争で君のご実家は随分羽振りが良いそうじゃ無いか。我が軍にも大量の武器を供給してくれているが……」
「はい、国が栄えてくれないことには、安心して商売も出来ないというのが持論でございまして」
微笑みながらアズールは顔を上げ
「そのための個人的な投資や支出は惜しんでおりません。もちろん、ご存じかとは思いますが……閣下」
どこまでも人当たりの良さそうな笑みを浮かべたその男に、彼らは冷たい汗が流れるような心地だった。
「……では、追って詳細は伝える」
「はっ」
失礼しますと完璧な所作で敬礼してアズールが出て行くと、ふっと誰とは無しにその場の人間達は息を吐いた。
「……全く、食えない奴だ。アーシェングロットの倅め……」
「成金アーシェングロットの次男坊が入隊と聞いたときは何の冗談かと思いましたけどね」
比較的年若い男が、ため息と共にタバコを灰皿におく。
「良い武器を提供してくれればこちらはまあどうこう言うことは無い、つもりですが……。まさかあの男自身があそこまでの怪物だとは思いませんでしたよ」
「だが実際任務への取り組みは評価できる」
「ええ、ええ、文字通りの任務においては。だが過程はとてもじゃないが……。常に国際法のギリギリ、もしくは針の穴のような矛盾を突いたような行動。正直、西部戦線にあれらを投入するのは早計と」
「それについてはさっき言ったとおり。もはや猶予は無い状況だ」
とんとん、と机に置かれた書類を指し示され、彼はそうですが、と眉を寄せた。
「……正直、あれに愛国心があるとはとても思えません」
――全く息の詰まる場所だ
廊下に出たアズールはふう、と息を吐いた。廊下を歩き本部の外に出ると、残り少ない秋の日差しを楽しむように、一見して双子と分かる二人の男が立っていた。
「待たせましたね二人とも」
階段を下りて前庭に出たアズールは二人の側に近寄って声をかけた。
「あ、アズール来た来たぁー」
「お疲れ様です」
明らかに服装規定を逸脱しているゆるい恰好の男がアズールの肩に腕を回す。階級章からみても明らかに上下関係があるが、アズールは特に指摘することも無くその行為を受け入れていた。
「フロイド、いけませんよ。制服の時は部下っぽくしてなさい」
「ええ、良いじゃん別にー。ジェイド細かいこと気にしすぎ」
双子はそう言い合い、アズールはこらこら、と二人の間に立つ。
「お前達、遊んでる場合じゃ無いですよ。また要請がありました。西部戦線へ向かいます」
「ええ、またー?」
「おやおや、まだ帰ってきて五日ですが……」
「詳細は部屋で説明します。二人とも来てください。ちょっと面白い事を思いついたんで」
そう言いながら、アズールは車に乗り込んだ。運転席に座ったジェイドは、エンジンを掛け、フロイドは助手席側に怠そうに乗り込む。
車窓から外の様子を眺めていたアズールは、ジェイドの言葉に意識を前に向けた。
「……それにしても、あちこち引っ張りだこですねぇ」
「ふふ、まあ泥沼になればなるほど家業も捗るという物。精々我々は愛国心をきちんと示してきましょう」
「愛国心ねー……。それってさぁ、敵に武器援助しているやつがいうのー?」
フロイドのにやにやした笑みに、失礼なことを、とアズールは目元に手をやり
「敵だなんて、ぼくはただ欲しいというお客様に売っているだけですよ。それにうちのではなく、死にかけた国から仕入れた武器をただ仲介しているだけです。全く、フロイドもたちの悪いことを言いますね」
「アズール、顔が悪い顔になってますよ。もっと人当たり良くしなくては。化けの皮が剥がれてしまいますよ」
「おれ、そっちのアズールの顔が好きー」
後ろに振り返って機嫌良く言うフロイドを、ジェイドがたしなめる。
「それはぼくも否定はしませんが。外聞というものがありますからね。あと、後ろ振り返らないでください狭いんですから足が邪魔です」
「なあ、何であっちのでかいのにしないの」
「市街地であんなデカ物乗り回せる訳無いでしょう? 我慢ですよ」
ジェイドはそう言いながら、アクセルを踏んでスピードを上げた。
それから数日後、アズールは自分の部隊を伴って、西部戦線の拠点の一つである基地にたどり着いた。
「やれやれ、移動で骨が折れますね……」
アズールは背中を伸ばしながらスタスタとジェイドとフロイドを連れて倉庫に向かった。部隊の殆どは休憩を取らせてから前線へ向かわせている中、双子は何をするのかと顔を見合わせ、アズールのあとをついていった。
「イデアさん、準備は出来ていますか」
倉庫の出入り口付近で背中を丸めて作業をしていた白衣の男にアズールが声をかけると、びくっと跳ねるように男の背中が伸びて振り返った。目の下の隈もくっきりと残る、顔色の悪いその男はまだ若く、ひょろりと立ち上がってふらふらと近づいてきた。
「アズール氏……。いくら何でも滅茶苦茶ですぞ……」
じとっとした眼でアズールにブツブツ言うイデアに、ジェイドとフロイドはひらひら手を振った。
「あー久しぶりじゃんホタルイカ先輩!」
「え、あ……うん」
「わざわざすみません、イデアさん。弟さんの具合はどうですか」
「最近は落ち着いてる……。何とか。……まあアズール氏のおかげ、で」
「それは何よりです。今度きちんと休暇が取れたら、また弟さんのところに何かお土産を持っていきましょう」
ジェイドの言葉に、イデアはわずかに表情を緩めて、
「それは、うん、助かる……」
と小さく頷いた。そして、くしゃくしゃと髪を掻いてから白衣のポケットに手を突っ込み、ゆらりと三人についてくるよう言って倉庫の奥に向かった。
「ここまで運ぶの結構骨が折れたんだ、けど……」
ガラガラとシャッターを開けてイデアは電気を付けた。明かりの中、フロイドはおお! と興奮気味に声を上げてバタバタとそれに近づいた。
「すげー! 飛行機じゃん!」
明かりに照らされた飛行機を見つめ、ジェイドは思わず呟いた。
「これは……一体」
ジェイドはアズールの方に目を向けると、彼はふふ、と楽しそうに微笑み
「面白い事を考えたと言ったでしょう? 丁度良いのがいくつか手に入ったので、一機こちらに運んで貰ったんです」
「調整はしたから、一度飛ばしてみて問題なければ前線までひとっ飛びですぞー」
イデアははあ、とため息をついて
「そもそも航空は拙者の領分じゃ無いんですけど……」
「頼めるのがイデアさんしかいなくて……。こういうのは機密を扱える人にお願いしたいですし。ふふ、イデアさんを信用しているんですよ」
口元に手を当て、上機嫌のアズールに、イデアは顔色を更に青くして
「怖……」
と体をかき抱いて震えた。そうして、言い難そうにちらりと機体の後ろの方に目をやった。
「言っていた装備も付けましたけど、本当にコレやるの……? そりゃかなり凄いことになるとは思うけどさ」
もぞもぞと、気弱そうな青年に、アズールは眼鏡に手をやり頷いた。
「ええ、だって、その方が効率的じゃないですか。西部戦線の膠着状態は、開けた土地故、陸上から攻める手段が少ない事です。川を渡るしか無いですからね。ですがコレさえあれば」
ぽん、とアズールが飛行機の胴体を叩き、これからやる事を理解した双子の顔が興奮気味に輝いた。
「あは、なるほどー」
「これはこれは……」
フロイドはぱっと手を上げ
「はいはーい! オレ操縦したい!」
「ダメです。操縦はジェイド担当です」
ばっさり切り捨てられ、フロイドは思わず叫び、ジェイドは満更じゃなさそうな顔でフロイドを見やった。
「えええええっ!」
「すみませんねぇ、フロイド」
「なんでー!?」
ふくれっ面をするフロイドに、アズールは肩をすくめ
「気分にむらのあるお前では不安です。ただ、その代わりこちらの後ろの席にあるこれの試用をお願いしますよ」
フロイドは、言われて顔を上げてんー? と考え込んだ。
「コレ何?」
「機関砲です。試しにくっつけてみました。見ての通り、銃座が回転出来るようになっていますが……間違えても尾翼を撃たないでくださいよ。それと、いくつか手榴弾や何かも入れておきました」
「シートの足下の所ね」
イデアが持ってきたはしごを使って中を覗き込んで、フロイドは後部座席を調べてから顔を上げ
「ふーん、で、地上コレで撃てって?」
「ええ、ぼくは地上部隊を指揮します。ある程度地上で視線をこちらに向けさせておきますので、お前達は折を見て空から一気に川向こうの敵地へこれで向かってください。川の向こうは敵だけですから動いている物は無差別に撃ってしまって構いません。どうですフロイド? 悪くは無いでしょう?」
フロイドは、ぱっと機嫌を直して頷いた。
「あは、そういう事ならおっけー! 動いている奴適当に撃てば良いんでしょ」
「ええ、時々塹壕付近に手榴弾も適当に投げてください。恐慌状態になってくれればなお良いですが……。まああまり欲を出してはいけませんね」
フロイドは下に降りると、アズールの肩に腕を回した。
「そういう事ならジェイド操縦でもいいや」
「ふふ、良かったですねフロイド。しっかり、殲滅してくださいね」
頑張るー、と一見するとにこやかな風景のなか行われている会話にイデアはだらだらと背中から汗を流していた。正直帰りたいという顔で、ふいっと視線を逸らす。
「イデアさん、すみませんね。研究の邪魔をしてしまいまして」
「い、いや、別に……。一応用事は終わったからもう後はここの人に任せて、ぼくはまたラボに戻るけど」
「ええ、大丈夫ですよ。我がアーシェングロットの製品にはイデアさんの協力が不可欠ですからね。感謝していますよ」
「……どうも」
イデアは何か一瞬言おうとして、首を振って
「じゃ、これで」
と足早に去って行った。
「相変わらず、人が嫌いなんですね」
「ええ、まあおかげで彼の技術力を我々が独占できているのですが……」
フロイドは、アズールに頬を寄せ
「なあアズール、頑張ったらご褒美あるんでしょ」
「考えておきます」
「それなら、僕も欲しいですね、ご褒美」
ジェイドも頬を寄せてきて、アズールはこら、と二人を一喝した。
「浮かれて墜落なんてしたら承知しませんよ」
「失礼しました、少佐殿」
「全く……。それじゃ準備をしてください。良いですね、二人とも。我々の今すべき事が何か分かっていますね」
アズールの言葉に、ジェイドは敬礼をして応えた。
「はい、心得ています。向かう場所に、この世の地獄の全てを作ること」
「壊して潰して、奪い尽くすことー」
二人の言葉に、頷いて、アズールはにこりと微笑んだ。
「その通り。我々の通った後に何も残さず、全てを焦土に変えること。壊して潰して殺し、敵の全てを奪い尽くす事。そうすれば、何も無い者達に施しが出来るでしょう。望む物を与えるのが商人。パンも家も……。ああ勿論、武器だって。戦いたいのなら提供します。ふふ、本当に……。儲かってしまってたまりませんね……。期待していますよ二人とも」
微笑むアズールの顔は、悪魔と呼ばれる姿からはほど遠く、しかし彼の口から発せられる言葉の全ては毒のように、聞く者に高揚感を与えた。
ジェイドとフロイドは恭しく会釈して、目の前の主を熱のこもった眼で見つめた。
「本当に悪魔ですね、アズール。だから味方からも言われてしまうんですよ。……クラーケン、でしたっけ?」
「はは、らしいよなぁ。えげつなーい」
本来授与された二つ名よりも、有名になってしまったその名前。彼らの通るところに何も残らない様から、海の奥底に引きずり込み全てを飲み込むその海魔の名前で呼ばれている事を、アズール自身も承知していた。満更でもない顔で、アズールは上官に言う言葉じゃ無いですね、と腰に手を当てた。
「ふん、そんな人間に興奮しているのは何処の誰ですか」
「……ふふ、失礼しました。少佐殿」
「ごめんアズール。じゃあとりあえずチューして良い?」
フロイドの言葉に、アズールはにこりと微笑み、ぐにっとフロイドの顎を押さえて
「ダメです」
ときっぱり言い切った。
現地に入ったアズールは、予想していた通り、というよりはそれよりも遙かに悪い事にやれやれと首を振った。
「総員、合図があるまで待機するように」
あちこち崩壊している塹壕と、崩れかかっている遮蔽物を移動しながら銃弾と砲弾が飛び交う中を進み、泥にまみれて前に進む。
「少佐、これ以上はかなり危険です」
前を行く隊員が囁くと、アズールは頷いた。
「今は無理をして出る必要はありません。機が来るのを待ちますよ」
「了解です。……しかし、あの、通信がずっと入っているみたいなのですが……」
何とも言えない顔をする部下に、アズールは手を振り
「無視です。全く、この僕の部隊に取り敢えず突撃してこいと馬鹿なことを言う奴なんぞ、一々相手にしてられません」
「……自分は、何も言う事は出来ません」
「良い心がけです。中尉。査定にプラスポイント付けておきましょう」
「恐縮です」
――まあ、こっちはあとで対処を考えた方が良いですね。
アズールは、今も通信機の向こうでがなっているだろう、自分の顔をじろじろ見てきたあの上官を思い出して顔を歪ませた。
――あのヒヒじじい……、人の尻をなめ回すようにじろじろじろじろ……
恐らく、アズールに関する下世話な噂話でも聞いたのだろう。その手の話はそこそこ見た目の良い士官の場合、それなりに立つ噂話だったりするのだが、アズールの場合は双子が全く自重しないので否定しようにももはや色々手遅れとなっていた。これも頭の痛い話だった。
「……少佐、顔、顔」
酷い形相ですよと部下に指摘され、アズールははっと我に返って頬を軽く叩いた。
「は、おっと失礼……。ん?」
ガサガサと無線が鳴り、アズールは塹壕の中でごそごそと無線に耳を傾けた。
「アズール、き――え、……すか。――、……、こちらジェイドです。アズール、自軍の野営地を目視確認しました。そろそろ皆さんの上を通過しますよ」
雑音に混じってジェイドの声が無線機から流れ、アズールは後方を振り返った。
「了解。ああ、音が聞こえてきましたよ。そのまま残弾分は暴れてください。合図をしたら野営地に降りてください」
「了解」
ぱつ、と無線が切れ、同時に遠くから甲高い音が聞こえてきた。アズールは双眼鏡を構え前を向いた。
「少佐? 今のは」
「準備は整ってきました。全員、ぼくが命令したら前に出ますよ。あと、後ろからの音は気にしないように通達してください」
「了解……?」
一瞬首をかしげていたが、中尉は答えて待機している部下達に伝達していく。やがて、塹壕の中の部下達は、後ろから聞こえてくる爆音に気付いて上空を振り仰いだ。
「少佐、あれは……偵察機?」
「を、ちょっと改造してみました。ふふふ……まあ見てなさい。彼らが暴れて向こうが崩壊してくれたら僕らの仕事ですよ」
「……りょ、りょうかい、しました」
空気を裂いて上空を双子の乗る飛行機が通り過ぎた。気のせいか、後部に座るジェイドが腕を振っていたようだったが、その姿は一瞬で過ぎていき、川を越え、斜めに旋回するように大きく右へ向かった。
「……さあ、どうなるか……」
アズールは双眼鏡を覗き込んでその様を観察し始めた。突然の飛行機の飛来に、敵の陣営でも戸惑いがあったのか特に反応は無く、やがて降下してきた飛行機から、軽快な打撃音と共に地上に銃弾が撃ち込まれ始めた。アズールの見える範囲からでも、塹壕から慌てて這い出ようとしている者や、慌てて逃げ回る者が見え、対岸にも悲鳴と怒号が響いてきた。
「……な、無茶苦茶な……。飛行機に機関砲を付けたんですか」
阿鼻叫喚のその様を、眼を細めて塹壕から見つめている部下の言葉に、アズールは頷いた。
「ええ、良いアイディアでしょう? 丁度三機ほど手に入れたので、試しに一つを改造してみたんです。見てみますか。あちらは興味深い事になっていますよ」
アズールの手から双眼鏡を借りて、部下の一人が塹壕からそろりと顔を出して覗き込む。塹壕から這い上がろうとして降ってきた手榴弾に吹き飛ばされる者、逃げる途中で銃弾に当たって倒れる者、空に向かって攻撃する者が入り乱れ、敵側の陣地は大混乱に陥っていた。
「……これは……」
声も出せずに地獄絵図と化した敵陣を見つめる部下達とは逆に、アズールは上機嫌で双眼鏡で向こう岸を見つめていた。
「予想以上ですね……。これは今後の戦争がまた大きく変わりそうだ……」
アズールの口角がきゅっとつり上がり、くっくっくと小さく笑った。その姿が部下すらも怯えさせていることなど知りもしないアズールは、空の上で傍若無人に暴れ回る双子を振り仰いだ。
「フロイド、旋回しますよ」
「りょうかーい。じゃあついでにコレ、もう一個いっとこ」
手榴弾をぽんと下に勢いよく放り投げたフロイドは、地上で炸裂して悲鳴が上がるのを後ろに聞き機嫌良く口笛を吹いた。
「あは、良い感じじゃん」
「ええ、大分扱いに慣れたみたいですね。下は大混乱ですよ」
「はは、右往左往して雑魚の群れみたい。おもしれー」
そーれ、と地上めがけて打ち込むと、右往左往していた人間の何人かが倒れていった。
ジェイドは下に視線を向けて、攻撃の手が入っていない場所を選びながら緩やかに円を描くように敵地を旋回していた。
「フロイド、九時の方向をお願いしますよ」
「おっけー!」
台座を回転させてフロイドはこちらに向かって銃撃を開始する地上の兵士達に向けた。地面を這うように銃弾が打ち込まれ、バタバタと兵士が倒れていく。さながら蟻の巣に水を流し込んだようなその様に、二人は愉快げに地上を見下ろしていた。
「……おっと、アズールから通信ですね」
「二人とも、よくやりました。いったんこちらに戻ってきてください。これから地上部隊で川を侵攻します。折を見て後方支援をしてください」
「了解」
「じゃあ帰る前にもう何個かコレ置いてくね」
ポンポンと適当な場所めがけて手榴弾を落とし、フロイドは後部座席に収まった。
「あは、アズールよくこんな外道な事思いつくよな」
「そうですね。彼の発想には本当に驚かされます。敵だったら真っ先に殺してやりたい相手ですねぇ」
伝送管越しに二人はくっくっくと笑い
「だよなー。でも、あんなえげつないのにさぁ、泣き方可愛いよね」
「ふふ、こらこらフロイド、またそんなことを言ったらアズールが拗ねますよ」
「聞こえてますよそこの双子! 馬鹿なことを言うなら、口に石を詰めて沈めますよ」
ガサガサと音の悪い無線機越しからも分かる不機嫌な怒鳴り声に、二人は肩をすくめた。
「はあ、コレが無ければほんと可愛いのに」
「同感です」
二人を乗せた飛行機が川を越えると、地上では対岸への上陸が始まっていた。上空からの攻撃に手一杯だった敵側の兵士達は、川を越えてきた兵士への反応が遅れていた。そもそも殆どまともに戦闘する気力が残っていたかも怪しい状態だった。
数ヶ月に及ぶ膠着状態から、帝国軍は一気に戦線を押し上げていった。
日が落ちる頃、ようやっと帰ってきたアズールを、二人は野営地で出迎えた。
「お疲れ様です。アズール」
「おかえりー」
汚れに塗れた姿で、アズールは疲れたようにジェイドが差し出した椅子に座った。
「やれやれ、流石に走り回って疲れました」
「……首尾はどうでしたか」
「ええ、そこは問題なく。我々に期待されたことは達成できたでしょう」
フロイドとジェイドはそれは良かったと言うより早く、ドタドタとアズールの名を呼びながら誰かが近づいてきた。双子はさりげなくアズールの脇に立ち、冷ややかな眼で男を見やった。
「アーシェングロット!」
「はい、閣下。どうかされましたか?」
「どうしたもこうしたも、一体あれは……」
司令官である男は、理解しがたいという顔でアズールを睨み付けた。アズールは、にこりと微笑み、
「我がアーシェングロットが所有する飛行機の一つですよ。どうです? 素晴らしい性能でしょう。改造を施す必要が現状はありますがこれがあればっ……!」
アズールは胸ぐらをぐっと掴まれ、思わず言葉を詰まらせた。
「あんな物を許可した覚えは無いぞ!」
「おやおや、おかしな事を仰る。増援の要請をされたのは閣下の筈です。そして、もちろん、我々は最少の人数で最大の戦果を上げることを期待されておりますので……。上層部もそれを期待して私をここに派遣しました。何をそんなにお怒りで?」
押さえられたまま、アズールはそれでも笑みを崩さずに上官を見上げる。怒りが恐怖か、その顔はゆがみ
「この……成金アーシェングロットがっ」
ぎし、とアズールを掴む手に力が更に強くなったときだった。
「……手ぇどけろよ無能」
フロイドの手がアズールを掴んでいた男の手を掴み、骨が軋むほど強く握りしめた。
「ぐ、ああっ!?」
アズールは、緩んだ男の手から逃れ、パタパタと襟を叩いた。
「フロイド、止めなさい。軍法会議物ですよ」
アズールの言葉に、フロイドは不機嫌に呟いた。
「……はぁ? 関係無いんだけど」
「フロイド、僕もそれは悪手と考えます。……いいですか」
ひそ、と何かを耳打ちされ、フロイドは仕方が無いというように手を離した。
「く、アーシェングロット! 貴様……」
「申し訳ありません。閣下。私の私兵がとんだご無礼を」
沈痛な表情を浮かべてアズールは頭を下げた。
「ふん、何が私兵だ! 知っているぞお前達はその……!」
流石に怒りからとはいえ、それ以上言う事は憚られたのか、上官は荒い息のままきびすを返した。
「この事は上に伝えるからな」
「……はい、承知しました」
立ち去る上官を、もう一度飛びかかりそうな形相になっていたフロイドを押さえてアズールはため息をついた。
「さて、どうした物でしょうね」
「それですが、アズール。あの方お酒は好きでしょうか」
ジェイドはニコニコと手を上げ、アズールは何か察したのか頷いた。
「……ええ、そこそこ好きだったはずですが……。ああ、そういえばぼくの持ち物の中にウィスキーがあったはずですね。……任せて良いと」
「そうですね……。おそらく大丈夫かと」
お互い視線を交わし、アズールは肩をすくめた。
「……では、任せましたよ二人とも。全く、じろじろ人の体を見てくる不快な男でしたね」
自分のテントに戻っていくアズールを見送りながら、双子はちらりと目配せあった。
「……ジェイド、眼笑ってないけど」
「フロイドこそ、酷い形相ですよ」
二人は若干注目され始めたのに気付いて何でも無い風を装って歩き出した。
「ああ、今日は月の無い良い天気ですよ。フロイド」
「へえ、ラッキーじゃんジェイド」
二人はそう言いながら暗くなってきた空を見上げていた。
翌日、アズールの部隊は撤収のために荷物をまとめていた。バタバタとせわしなく走り回る兵達を、時折眺めて彼らは目配せし合っていた。その視線は最終的に自分達の隊長であるアズールに向けられていた。
「それにしても、司令官殿は残念でしたね」
アズールははあ、とため息をついて、ざわついている人々を眺めていた。
「全く、お酒を飲んでいるうちに心臓発作ですからね。折角戦況が良くなってきたというのに、勿体ないことです」
ジェイドは作業の手を止めないまま、沈痛そうな顔で頷いた。
「……月の無い夜に酒を飲んでふらつくなど、よっぽど嬉しかったのでしょうね」
昨日アズールに詰め寄っていた司令官の一人が自軍のテントに居ない事が分かったのは、夜が明けてしばらくしてからだった。時間になっても起きてこない上官を不審に思った部下の一人がテントに顔を出したところ、何処にも居ない事がわかり、大騒ぎになったのだった。捜索したところ野営地から出た少し先にある川岸に足を滑らせたあとと、体を半分水に沈めた状態の兵の死体が発見された。階級章と持っていた物からそれが居なくなっていた上官だと分かってからは蜂の巣をつついたような騒ぎである。
時折アズールに向けられる疑惑の視線を、アズールはどうとも思っていないのか、平然としたまま部下達の仕事ぶりを眺めていた。
「……ジェイドー、こっちの整備終わったー」
「はい、ありがとうございます」
「二人はそれに乗っていきますか?」
「ええ、中々良い景色でして……ああ」
ふと、ジェイドの顔が何かを閃いたのか、にやりとアズールに向かって笑みを浮かべた。
「……どうしました」
「いえ、折角ですからアズールも帰りは乗っていきませんか」
「は」
「良いじゃんそれ! 見晴らし滅茶苦茶良いよ」
ひょこっと顔を出したフロイドに、ジェイドはそうですよと頷いた。
「い、いえ、ぼくは遠慮しますよ。フロイドの方が好きでしょう。二人の楽しみを奪う気はありません」
「ご心配なく」
「後部座席に二人で座れば良いって、ね? アズール」
「う、うう……」
珍しくたじろぐアズールを、おやおや、とジェイドがにたりと悪い笑みを浮かべて顔を近づけた。
「まさか、怖いのですか?」
「……そ、そういう訳ではありませんよ。ぼくは隊長ですよ。部下達を監督する必要が」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。ねえ」
「はい、撤収作業は七割ほど完了していますので、予定通り一○時の出発可能です。遅くなったとしても本日一六時には本部に到着可能です」
「だ、そうですよ隊長殿」
「お前……!」
顔を引きつらせるアズールに、部下の一人はふいっと視線を逸らした。
「よっしゃー! じゃあアズール行こうぜ!」
「こ、こら! フロイド! お、降ろしなさい! ジェイド! 止めなさい! そこの! お前達! 何とかしなさい!」
「すみませんねえ隊長殿。彼らはとうにぼくが買収済み、ですので」
ジェイドはにっこり微笑み、逃げる部下達に手を振った。アズールはぎりっと奥歯を噛みしめ
「お前達! あとで覚えておきなさい! 帰ったら強化訓練ですからあああ!?」
軽々後部座席にアズールと共に乗り込んだフロイドに、アズールは恨み言をブツブツ言い、ジェイドは愉快そうに笑って操縦席に座った。
「まあまあ、アズール。きっと気に入りますよ」
エンジンを掛け、プロペラが回転し始めると共に機体はゆっくりと前に進み始めた。草地をガタガタと揺れながら滑走して飛行機はしばらく前を進み、ふわりと機体が浮かび上がった。
「う、浮いてますよフロイド!」
「当たり前じゃん飛行機なんだから」
フロイドはあはははと愉快げに答え、後部シートで小さくなっているアズールを抱えて外に目を向けた。
妙な浮遊感と共に機体は空に向かって上昇し、野営地がどんどん小さくなっていく。冷たい風がバタバタと音を立て、頬にぶつかり髪を乱す。
「ほらアズール、折角空飛んでるんだからちょっとくらい顔出しなって」
「……は、離さないでくださいよ」
「しないって。ほら」
腕を回して体を固定してやると、アズールはわずかに気が落ち着いたのか、そろりと後部座席から外に目を向けた。
雲が多い時期だというのに、その日は目が覚めるような青空が広がり、防寒のために羽織ったコートの襟が激しくはためく。鳥が飛行機の横をとびすさり、アズールは思わず身を乗り出した。
その顔は純粋に景色の美しさに心を動かされているように見え、フロイドは珍しい物を見たと思いながらも、黙ってアズールの体を抱えていた。
「どうですか、アズール。空の旅は」
「まずまずですよ。ジェイド。操縦をお前に任せておいて良かったと思ってますよ」
「それはそれは」
ジェイドは伝声管越しでも機嫌良く答えた。
「でも、もし飛行機を本格導入するなら、フロイドも操縦できないとですね……はあ」
「あ、何そのため息、ひどいー」
フロイドはがくりとアズールに頬を寄せ、アズールは軽くフロイドを小突いた。
「ああ、村や街、街道も見渡せますね」
下界を見下ろしたアズールの言葉に、
「ええ、塹壕の場所もばっちりで楽な仕事でした」
ジェイドは頷き、アズールは何かを思いついた時の癖で、顎に手を当てた。
「なるほど、ふふ」
「まーた悪い事考えてる」
「おやおや、さすがですねえアズール。この景色を見て悪巧みを考えられるのは貴方くらいですよ」
双子の揶揄いを軽く流し、アズールはフロイドの背に体を預けた。
「褒め言葉と受け止めておきましょう。お前達の言葉であれば……。お前達も気に入る面白い事、だと思います。あとでまた教えてあげますよ」
ふうっと息を吐いたアズールに、フロイドは
「眠いなら寝ちゃいなよ。どうせまた書類書きさせられるんだし」
「……ええ、そう、ですね。ついたら起こしてください。二人とも」
うとうとと眠り始めたアズールを眺めて、フロイドは一人満足げに空を見上げた。
「フロイド、やはり貴方も操縦できるようにするべきですね。ぼくもそっち担当したいです」
伝送管越しにも分かる不機嫌な口調にになった兄弟に、フロイドはにやにやと笑みを浮かべて答えた。
「えええ、やだ」
「フロイド!」
がこん、と機体が揺れ、フロイドは思わず声を上げた。
「おあっ! ちょ、アズールが起きるって!」
「フロイドばかりずるいです、ひどい……」
しくしく、と泣く声にフロイドは伝送管越しに嘘泣きするなーと叫び、時折ふらつくようになりながら飛行機は基地に向かっていった。
狭く小さな部屋だった。
息を吐いて、目の前の男と顔を合わせる。その男がどういう人間か、対峙している男は知っているつもりだった。
こつこつ、と高そうなペンを机に打ち付け、色素の薄い髪をかき上げて彼はじっと目の前の兵士を見つめていた。
「……さて、クリストフ・ハンゼン少尉。君がここに呼ばれた理由、おわかりですね」
目の前にばさ、と軍歴の書類と、それとは別の書類が眼に入り、少尉の目が見開かれる。
「ハンゼン少尉……。いえ、クリス・ハンセン……と呼んだ方が宜しいですよね。本名の方が馴染みがあるでしょう?」
「な、んのことでしょう」
こつ、と机に打ち付けられていたペンの動きが止まり、アズール・アーシェングロットはつまらなそうに椅子の背もたれに身を預けた。
「もう少し面白い返しを期待してましたよ。ミスタ・ハンセン。あちらの国では高い評価を得ていたようじゃないですか。ぼく、貴方の話に興味があるんですよ」
こんこんと扉がノックされ、部屋に兵士の一人が入ってきた。背はこの国の中でも高い部類で、オッドアイの瞳の男だった。彼は失礼します、と敬礼してそっとアズールに書類を手渡した。
「……なるほど。ありがとうございます。さすがはジェイドですね」
「恐縮です」
敬礼して嬉しそうに微笑むジェイドに、少尉は視線を向けた。目の前のこの男を調べればどうしたって出てくる、二人の腹心の片割れ。それがこの男だった筈だった。
恐ろしいほどに有能、どんなときでも冷静沈着で、汚れ仕事も平然とこなす男だと評判だった。
もっとも、目の前のこの若い将校は敵が多く、口さがない人間達の噂で上がってくるのは、そういった話よりは、今は居ないもう一人の腹心の部下である双子が、彼の情人であるという話の方ではあるが。
視線に気付いたアズールは微笑みながら
「……ジェイドのことが気になりますか? ただの壁と思ってくれて構いませんよ」
「はい、お話の邪魔はいたしませんので」
アズールの背後に立って、ジェイドは微笑んだ。少尉の表情から何を読み取ったのか、口元は笑みの形を作っているが目は底冷えする冷たさで、猛禽類などのような情の見えない目でじっと視線を向けていた。
「さてと、貴方も気になっているうちの優秀な副官が色々調べてくれたんです。少尉、貴方がお話をしてくれないのでしたらこちらの方々にお話を聞くことにします」
ばさ、と出された書類はそれぞれ後方の基地の事務員や出入り業者の職員達で、年齢も性別もばらけていた。全てに写真が付けられ、どれもくっきりと赤く丸で囲われていた。
「……話と言われましても」
膝の上にあった手を持て余すように組み、少尉は訳が分からないという様に首を振った。
「貴方が我が軍の最新式の武器や装備について、調べていたのは分かっています。何しろ、ここ最近わが国と同様の航空戦力を他国が随分素早く展開していましたからね。実に、やっかいなことをしてくれた物です」
アズールは不機嫌そうにとんとんと、手袋で包んだ指先で自分の頬を軽く叩きながら足を組み直した。
「いいえ、ぼくは別に航空戦力の展開自体は歓迎します。ふふ、僕のこと、よく調べたのでしょう? 今更絹で言葉を包む必要もありません。儲かってくれれば良いですから。我が社の物を使うのも良し、新しい技術を別の会社が作るのも良し。だって、それを理由にもっと予算を組んで新商品を買ってくれるでしょう? ……ああですが……貴方のした事はぼくは許せません」
がた、と立ち上がって少尉の体を乱暴に掴み、アズールは少尉の顔を覗き込んだ。
「貴方、ぼくの会社の設計図をそのまま流用させましたね? あれにどれだけの金と時間をつぎ込んでいると思っているんです? ねえ? 改良もしない、そのまま丸ごとコピー? 馬鹿にするにもほどがある。そんなに欲しければ、契約させてあげましたとも! 勿論ライセンス料は支払って頂きますが」
「は、なに……?」
呆然と呟く少尉に、アズールの背後ではジェイドが笑いを堪えているのか口を押さえてぷるぷると震えていた。いたく本人は真面目なのか、ジェイドを振り返りもしないで肘で小突き、アズールは咳払いをして再び話し始めた。
「兎に角、おかげでうちの商売にも影響が出ています。貴方には売ったメーカーやその経路、全てを教えて貰いますよ」
「……」
黙り込んだ少尉に、アズールはぐるりと首を回して、ため息をついた。
「はあ、自由意志を尊重したかったのですが……。そういえば、フロイドの方はどうしてますか、ジェイド」
呼ばれ、ジェイドはこの場に似つかわしくないとすら思える軽い口調で、
「はい、丁度出入り業者の一人だった、レール氏と「お話」しに行っています。ああ、本国風に言えばレーリー氏でしたね。少尉」
にこりとジェイドが微笑み、さっと少尉の表情が強ばった。
「……な、何を」
「貴方が積極的でないせいで、貴方の仕事仲間を代わりに取り調べなくてはいけなかった、という事です。知ってるでしょう少尉。フロイドは少しばかりこういう話し合いには向かない性格でして……。ああ、そういえばまた今日も虫の居所が悪かったんですっけ」
「はい、朝からそれはもう機嫌が悪くて……僕も難儀したくらい」
ジェイドは肩をすくめて首を振り、その拍子にちらりと袖口から腕が見えた。ジェイドの腕にくっきりと残る打撲の跡に、少尉は視線を彷徨わせ始め、テーブルにバンと手を置いた。
「いい加減にしてくれ。脅迫に拷問……! 法律で禁止されている物だぞ! ばれたら軍法会議に掛けられというのに」
少尉の言葉に、アズールはふっと鼻で笑って
「何を言っているんですか。貴方分かっているはずだ。ジェイドもフロイドも、彼らはどちらも正規の帝国軍人ではないんですよ。どうにか言えて協力関係にある民兵でしかない。一体なんの会議に掛けるんですか?」
「ふふ、面白い冗談ですね」
アズールはにこりと微笑み、
「それに、貴方人のこと言えるんですか? スパイがこの国でどういう扱いか……。おわかりでしょう?」
アズールは手近にあった鞄から小さな革張りのケースを取って箱を開けた。中から小さな瓶と注射器を取り出し、瓶の中身を注射器に移して立ち上がる。
「さて、少尉。これは新しく作った自白剤です。古式ゆかしくジェイドに任せても良いのですが、ぼくとしては穏便に済ませたい。本当は、薬を使うのだって嫌なんですよ。ぼくは平和主義ですから」
「この、悪魔が……」
「……アズール。やはりぼくが話を聞いた方が良いのでは?」
にこり、と微笑むジェイドに、駄目ですよ、とアズールは手を叩く。
「全く、ジェイド。落ち着きなさい。労せずして最大の利益を。商売の鉄則ですよ」
押さえておきなさい、と命じられ、ジェイドは一瞬不服そうな顔をしつつ、少尉の体を押さえ込んだ。藻掻く男にどうしたことか手慣れた動きでアズールは注射し、よしと頷いた。
「……さて、効くまで少し待ちますか」
アズールは、微笑みながら目の前の男を見つめていた。
意識が混濁してきたのか、質問に対しての応答が緩慢となってきて、呼吸も随分弱々しい。
「アズール、これは」
「薬が強かったのかもしれないですね。もしもう少し生かす必要があるなら調整した方が良さそうです。今回は、これで十分ですが」
ぱん、と手元のメモを眺めてアズールは満足げに頷く。
「……競合他社の情報に彼が集めていた我が軍の各将校達のゴシップ……。ふふ、また楽しめそうですね」
「それはよかった」
ジェイドはそう言いつつ、ちらりと男に目をやった。
「彼はどうしますか」
「……勿論、用は済みましたからご自宅に送り届けてあげなくては。仕上げは……任せましたよ」
部屋を出るアズールに、ジェイドはかしこまりましたと頭を下げ、男の方に目をやった。
「さあ、少尉。最後の仕事にいきましょうか」
にこりと微笑んだジェイドは、男を抱えて廊下へ出た。
数時間後、一人で事務処理をしていたアズールの元に、ジェイドが姿を現した。
「どうでしたか」
「はい、明日には新聞にでも情報が出るかと」
「お疲れ様です。その様子だと良い仕事をしてくれたようですね」
アズールは立ち上がって体を伸ばして休憩にしましょうと歩き出した。
「……アズール。ぼく、頑張ったんですよ」
「分かっていますよ」
廊下を出て資料室の中に箱を放り込みながらアズールは後ろに立っているジェイドに答える。
「……言葉だけでは不満、という顔ですね」
「そういう訳では」
手を伸ばし、ジェイドはアズールに顔を近づけた。
「当てが外れた、と言うところですか。拷問で憂さ晴らしをしようとしていたでしょう」
ひく、とジェイドの眉が上がり、彼はアズールを見つめた。
「いけませんか」
アズールはジェイドの首に手を伸ばし、もう片方の手で彼の腕に見える打撲痕を見つめた。
「ここでは、駄目です。場所を選ばなければ」
面倒ですけれどね、と肩をすくめるアズールの体を抱え、ジェイドは資料やファイルが並ぶ棚にアズールを押しつけた。
「全く、仕方の無い」
「ふふ、すみません。つい興奮してしまって」
薄暗く、細い明かり取りの窓だけの資料室の中、ジェイドはアズールを見下ろした。
「少佐、働き者の兵へのご褒美、頂きたいのですが?」
呟く声に、アズールは喉を鳴らしながら、仕方が無い、とため息をつき
「……はぁ、許可します」
「ありがたき幸せ」
ふふ、と笑うジェイドに、アズールは釣られて小さく笑った。
「……それにしても、この痕はどうしたんです? フロイドとじゃれ合ってもつかないでしょう」
アズールの問いに、ジェイドは肩をすくめ
「ああ、これは朝寝ぼけて壁に目覚ましを放り投げてしまって、パーツの重たいところが跳ね返ってぶつかってしまったんです」
丁度良いから揺さぶりに使わせて貰いました、としれっと言った男に、アズールは思わず心配して損した、と呟いた。
「心配、アズールが? おやおや」
「蹴りますよ」
顔を近づけてくるジェイドに、アズールは迎え入れるように顎を上げながら苦々しげに呟いた。
埃っぽい資料室の中、アズールは棚に体を預けて息を荒げていた。
「っ、はぁ……、ん……」
大きく息を吐いて、二人の口が離れてつうっと混ざり合った唾液が顎を伝う。どんなときも穏やかな笑みのまま事に当たる事を美徳としているジェイドだったが、こういう時の顔は本当にコロコロと変わる。
「アズール……。アズール」
名を呼び、金眼をギラつかせて噛むように何度も口付けて、足りないとでも言うように頬や顎を唇でなぞる。
「……っ、お前は、本当に……!」
びく、と理性をどうにか保とうとしているのか、アズールは小さく呟くが、ジェイドは小さくなだめるように意味の無い言葉を呟いて口を塞ぐ。
「――っ! ん゛! ……っはぁ、っ!」
ジェイドから見れば小柄と言えなくもないが、軍人として入隊できる体つきのアズールの体は背もそれなりにある。それでも、締まった体とうっすらと筋肉がのる体は滑らかで、自分やフロイドのそれとは違う感触だった。何より、泥を被り、血の雨の中を掻い潜ってきたはずなのに、彼の体は白く、汚しても汚しても変わらないかのようなそれが、ジェイドにとっては興味をそそり、飽きることがないものだった。彼は、ゆっくりと指を這わせて刺激に敏感になった体を丹念に触れていく。
「……もう大分治ってきたから良いでしょう?」
胸元にうっすら残る跡をなぞりながら、ジェイドは問いかける。
「……お前、今まさに増やしているくせに……」
強気な口調でいようとするアズールを、ジェイドはにこやかに見つめて、主張する胸の突起を指先で転がす。びくっとアズールの体が引きつり、ラックが音を立てた。
「おやおや、音で誰か気付くかも知れないですね」
「――っの」
睨むアズールに、ジェイドはするりと更に下に手を下ろして、脱げかけている制服のスラックスの中に手を差し入れる。
「でも、あの少尉の感じからしても、もう結構ばれているみたいですよ?」
「……お、前達が! 自重しなかったせい、だろうが!」
「そうでしたっけ? すみません」
アズールの立ち上がっていた陰茎を柔らかく刺激し、ジェイドはしれっと答える。湿った音が狭い部屋の中に響き、先端をかりかりと重点的に責められアズールはたまらず腰を揺らしてジェイドに足を絡める。
「……っ、はあ」
びくり、と体が震え、ジェイドの手の中に飛沫を飛ばしてアズールはがくりとラックに寄りかかった。
「前だけじゃ、足りないですよね?」
「――……口を回す暇があったらさっさとしなさい」
ふん、と首を逸らすアズールに、ジェイドは仰せのままに、と機嫌良く答えて、長い指をぐっと秘部に差し入れた。すっと短く息を吸い、差し入れられた指に吸い付くようにアズールの筋肉に力が入る。
誘い込むようなその動きにジェイドは低くかすれた声で耳元で何かを囁く。
「……き、こえない、ですよ」
ジェイドの動きに反応しながら、アズールは呟く。
「愛してますよアズール」
呟くと、彼がふんと笑って月並みですねと挑発的に笑った。
――ああ本当にこの男は。
ジェイドは興奮と劣情と様々な感情でばくばくと心臓が高鳴り、愛撫する指や手に力が入った。
「あぅ……! あ、はっ、いっ! ああ!」
指の動きが激しくなり、アズールはびくびくと棚に体を押しつけ仰け反った。ジェイドは入り口がほぐれたと判断すると、かなり性急に自身をあてがいアズールを貫いた。
「っ――! ぁあ! はあ……!」
狭い資料室の中にアズールの声が反響し、ジェイドは寒い部屋の中、汗をじわりとかいたままアズールに囁く。
「アズール、ほら、声」
「は、ぁ……、あ……」
びくびくとジェイドにしがみついて、ぼんやりと視界を滲ませるアズールに、ジェイドは自分の制服のボタンを外してシャツの下の素肌を晒す。
「ほら、ここを使ってください。好きなように」
アズールは、近づいてきたジェイドの肩に深々と歯を立て、食らいついた。
「あ、ぐ……、ん゛! ふ……」
「っ……」
肩の痛みと自分の体に絡む内壁の刺激にジェイドはようやっと渇きが満たされたような感覚になり、激しく腰を動かしアズールを追い立てた。
ジェイドの肩に歯を立て、くぐもった喘ぎを漏らしながら、アズールは上り詰めてジェイドに縋り付いていた。
ばん、とドアを開けてフロイドが帰ってきたのは大分遅い時間だった。
「あーつかれた……」
朝ほどの不機嫌さはないものの、フロイドは椅子に乱暴に座り込んで机にぺたりと両手を伸ばして突っ伏した。
「……お疲れ様です。フロイド。お茶を入れましょう」
「はーい」
「それで、首尾は?」
「あんまり大したこと言わなかった。一人はすぐ仲間売ってウザかったからさっさと潰しちゃったし」
「おやおや」
カップにお茶を注いでフロイドに出すと、ジェイドは向かいに座った。
「アズールは?」
「席を外してます」
「ふーん」
じっと不審げに見つめたフロイドは
「ジェイドさ、アズールの付けてるコロンの匂い取れてねーんだけど」
「……おや、それは失礼」
起き上がったフロイドは不機嫌な子供のように腕を組んで
「ジェイド酷いー。オレばっか今日疲れたって事?」
「僕も仕事をするつもりで待機していたんですけど。新しい薬が思いの外良い結果を出してしまってお役御免となってしまったんですよ」
肩をすくめるジェイドに、フロイドはむうっと口を尖らせた。
「おや、フロイド。帰ってたんですか」
ドアを開けて入ってきたアズールは、フロイドの姿に目を留めた。
「つかれたー」
「お疲れ様です。頑張りましたね」
がばっと両手を広げてしがみついてきたフロイドに、よしよしと頭を撫でたアズールは
「頼んだことはしてきましたか」
「やった。明日には海岸にでも浮かんでんじゃねーの」
フロイドの言葉に、アズールはそれは何よりと機嫌良く呟いた。
「それよりさー。二人だけでずるい。オレこんなに頑張ったのに!」
アズールは仕方が無いですねと肩をすくめ
「はいはい、屋敷に帰ったら考えますよ」
横から二人を眺めていたジェイドは首をかしげ
「アズール、僕よりフロイドに甘くありません?」
「気のせいです。フロイドは聞き分けが良いだけです」
「あは、言われてら」
ジェイドは心外ですねーとアズールにお茶を入れながら笑顔で呟いた。
数週間後、アズールは飛行場として仮運用させている倉庫の一角にいた。彼は、招いた将校達と共に倉庫の中へ入り、連れて歩いていた。目的の場所に来ると、彼は床に広げられた部品類をばっと手で指し示す。
「左側が当社のエンジン。右がアクアージェン社のエンブレムの入った、敵の飛行機のエンジンです」
アズールは二つのエンジンのそれぞれから同じ場所にある物を取って、二つを重ね合わせる。
「見ての通り、型から何から全てが同じです。通常、同じ思想で同じ様な物を作ったとしても、大きさや形には設計者の個性が出ます。しかし、このように全く同じパーツが別の社名で出るという事は」
「技術が流れていたという事ですね」
一人が呟くと、アズールはその通りです、と頷いた。
「今回分かりましたのは、東部戦線において対空砲の試験に当たってくれた兵達が上手く機体を落として回収してくれた結果です。でなければこちらはまだ技術が盗まれていることに気づけなかったでしょう。鹵獲品であればそもそもこのようなエンジンのエンブレムをわざわざ変えるような事もしないですし」
アズールは、部品を置いてそのままボロボロに穴の開いた敵軍のマークがついた飛行機の前まで将校達を誘導した。
「見た目は多少変えていますが、基本的には全く同じです」
将校達はため息をついて、それぞれ顔を見合わせた。
「全く、頭の痛い話だ。誰がこれを横流ししたのかは分からないのか」
問いかけに、アズールはぱら、と資料に視線を落とし
「実を言うと、既に一人それらしい人物に当たりを付けてました」
「それで?」
アズールは首を振り
「申し訳ありません。厳密に法に則って対応しようと、証拠固めなどを行っていたところ、どうやら先手を打たれていたようで」
ぱら、とアズールは書類のページを一枚引き抜いて居並ぶ者達にそれを見せる。
「クリストフ・ハンゼン少尉です。話を聞こうと何度かしたのですが、先日改めて在宅時に伺ったところ、急性アルコール中毒で死亡していました」
「……あちらの国が処分したという事か」
「可能性はあります」
重々しく頷いて、アズールは紙をファイルの中に仕舞い、
「彼と繋がる人物達もその後急いで確認しましたが……。見せしめ、なのでしょうか。海に投棄されていた者や、手ひどい拷問を受けたらしい者など、誰も生き残っていませんでした」
彼らに自分の言葉が浸透するのを少し待ち、アズールは敵の飛行機の翼部分に手を置いて、そうそう、と言葉を続けた。
「ただ、このような事をお伝えするのはアーシェングロットとしては心苦しい所ではあるのですが」
「なんだね」
「この飛行機、弊社が納めるのに納期を少し遅らせたのは覚えてらっしゃるでしょうか」
「ああ、そのような事は聞いたかも知れないな」
将校達の多くは口にしなかったが、何しろ、しばらくそれで目の前のこの男をネタに酒を飲んでいたのだ。忘れる訳もない。
アズールは、その辺りを知ってか知らずか沈痛そうに頷き
「ええ、あれで私も針のむしろに座るようでしたから……。どうしてこのような話をするかというと、あの時、納品ギリギリだったタイミングで、うちの技術者がこの飛行機の設計に問題があることに気付いたのです」
「ほお」
「無視するにはあまりに危険でした。何しろ、パイロットの養成には多大なコストが掛かります。ただでさえ危険な目に遭いやすいというのに、帝国臣民を欠陥品に載せるというのはアーシェングロットとしても本意ではありません。胃が痛い思いをするくらいで済むならと、全て問題を修正した上で納品させて頂きました」
はあ、と悩ましげな顔でアズールが切々と訴えると、彼らは若干狼狽えたのか、思わず小さく頷いた。
「なるほど」
「しかし、こちらは先ほどと同様、我が社の設計図を流用した敵軍の機体です。見た目はほぼ同じですが、翼が問題なのです。当初の設計では、僕やテストパイロット達が試しにやってみたところ、急降下すると翼がGに耐えられず、徐々にねじ曲がり、やがてバラバラになってしまうんです」
アズールは、剥がされた装甲板の下をめくり、飛行機の骨組みを露わにした。わずかに捻れたそのフレームの状態に彼らはざわつき、アズールに視線を向けた。
――さあここからだ。
アズールは、に、っと微笑み
「しかし、敵はその点気付かなかったようでそのままこの機体を増産しています。何しろ我々の方でテストをすませていると思っていますから。とはいえ、的の技術者も勿論優秀です。恐らく問題には彼らも早晩気付くでしょう。ですが、それは今ではない」
かつ、とアズールは飛行機を手で叩き
「勿論、現在納品された我が社の品に問題はありません。が、今急ピッチでこの機体を凌駕する爆撃機、並びに、新型の戦闘機を作成中です」
「戦闘機?」
「ええ、今後恐らく工場や軍の施設への爆撃機による攻撃が増えてくるはずです。が、対空砲だけでは心許ない……。何しろ既に対空砲が設置されている土地への侵入を許していますから。しかし、今度の物は小回りがきく小型機体です。爆撃機の襲撃をいち早く察知し、この戦闘機によって迎撃する。防衛戦をしていく上での今後のモデルケースとなるでしょう」
「なるほど、アーシェングロット……。また帝国から金を吸い上げようという魂胆か」
吐き捨てるような言葉に、アズールは眉一つ動かさず
「人聞きの悪い……。あくまでも私はこのようなケースが存在するだろうと見越しての判断です。既に戦争の形は変わっています。であれば、それに相応しい方法を検討する事が必要と考えます」
「……それをしたのは先日のお前の作戦が大きいようだが」
「否定は致しませんとも」
アズールは、書類をケースにしまいながら
「ですが、既に帝国内にいるスパイの形跡にも気付かず、技術を盗み出されていたという事実、果たして臣民達はどう考えるでしょう。ここでなにがしかの手を打って相殺すれば、失態は目の前の大きな成果の前に霞んでしまうと、思いませんか?」
アズールの言葉に、将校の数人はぐらついたのか確かに、と呟き、お互いに考え込むように黙り込んだ。
「……仮に配置するとして、君の意見は?」
「はっ、やはり対空砲の試験も行いました、東部戦線への配備を提案します。諜報部からの膨大なデータから、敵軍の飛行部隊の多くは東部戦線の直線上に分布しているらしいという見解がありました。また、東部は天候が安定していて、飛行訓練を行うにも最適です。今後のパイロット養成をより強化するための一歩として、こちらに配備されている部隊を強化するのが最適と判断します」
「なるほど、まずはそれについて、改めて書面で送ってくれ。ついでに、例のスパイの件についても分かったところまでで良い。報告を」
「は、承知しました」
倉庫から出て行く将校達を入り口で敬礼したまま見送り、アズールは車に乗り込んで彼らがいなくなるまで立っていた。
「……えげつなー」
「ふふ、相変わらず面白いですね」
倉庫の脇から出てきたジェイドとフロイドは、ニヤニヤと面白がってアズールに腕を回した。
「全く、お前達は上官への態度がなってないな」
重い、と不満を口にするアズールに、フロイドは機嫌良く無視をし、アズールの持つ書類ケースを手に取った。
「それで、手応えはどうですか」
ジェイドはフロイドから書類ケースを受け取りながら問いかけた。
「まずまずと言ったところですね。半分は味方についた、と思っていますよ」
アズールは車に乗り込み、双子が前に乗り込む。
「でもさー、アズール。そもそもの欠陥の話もだけど、本当はスパイの事知ってたんじゃねーの?」
フロイドの言葉に、アズールはピクリと眉を上げた。
「おや、何でです?」
「だって、あのテスト飛行の時何度か試して、フレームの欠陥の話してたじゃん。結局納期のために通したってその時は言ってたし」
「ええ。僕も覚えています。その後すぐにやっぱり直すって納品を取りやめたときは……てっきり善に目覚めてしまったのかと」
二人の言葉に、アズールは眼鏡を取ってふうっと埃を払いながら、
「……全く、よく覚えてる物だ。ええ、勿論。スパイの存在はあの時点で予想はしていましたよ。誰、とは分かりませんでしたけどね? 新しい事をすればそれに飛びつくのは人間の習性のような物。であれば、どんな手段を使ってでもその技術を手に入れようとするでしょう? とはいえ、ぼくは労せずして利益を得ようとする輩は嫌いなんですよね。彼がぼくの机から欠陥品の設計書を書き写しきったのを確認してから新しい物に差し替えて、納品計画を見直ししたような気がしますが……。まあ、大した話じゃありませんし」
眼鏡をかけ直してアズールは笑い、ジェイドは思わず吹き出した。
「全く、本当によくそんな事を考えつきますね」
「性格ねじ曲がりすぎてないと無理って言うか」
「うるさいですよ二人とも。この商談がまとまれば、恐らく次は東部へ配置換えになるはず。お前達には教官として兵達の教育をしてもらいますからね」
「今の部隊はどうなるんですか?」
「地上部隊は相変わらず必要ですが、今のところ航空戦に軸が向いています。地上部隊は地上部隊でやることが違いますから、彼らは勿論必要です。……いま新しい方法がないかちょっと考えているんですよね」
アズールは足を組んで機嫌良く窓の向こうに目をやって
「……ていうか、アズールだって操縦できるじゃん。なんで教官しないの」
「……。飛行機はお前達に任せますよ。僕は少し休みますから、ついたら起こしてください」
二人は肩をすくめ、アズールは後ろの席でゆったりと息を吐いて目を閉じた。