魔女は花開き 4-1

コツコツ、と部屋の中をイライラ行き来し、クルーウェルは言葉を選びながら言葉を続けた。
「今回の件はひとまずかなり遠いがオレにも思うところがあったからまあ、誤魔化したがな」
「ありがとーイシダイ先生ー」
「大変助かりました」
「誰が喋って良いと言った!」
吠えるように言って、クルーウェルは咳払いをして、三人に向き直る。
「今回の件で分かっただろうが、アズール」
「……」
目の前の紙切れを睨み、アズールはゆっくりとクルーウェルを見上げた。
「……さて。何のことでしょうか」
「今回のような問題がもしまた起きたら、オレはもうかばい立ては出来ない。この学校に女子がいたなんて事がバレたらそれこそお前自身にとっても良い事は無い。悪い事は言わないが、別の学校への転入手続きなんかは学園長をどやしてやってやるから」
ここに名前を書け、とペンを出されてアズールはむすっとしたまま紙切れをもう一度見つめた。
退学届と書かれたそれを、ジェイドとフロイドは睨んでから
「仮に聞きますが、今回の件はアズールがちゃんと女子校に通っていれば無かったのですか?」
「何が言いたい」
「そうそう。前聞いたことある。人間ってさぁ、妬みやなんかで雌同士でもすげーことするんでしょ?わざと雄けしかけて襲わせてさ、それを録画して脅すとか」
「……それは」
思わずクルーウェルも一瞬言葉を詰まらせ、いや、とジェイドに目を向け
「少なくとも、アーシェングロットの正体がばれるかどうかと言う話で揉めることは無い」
「……チッ」
小さく舌打ちしたフロイドに、アズールはよしなさい、と言ってからペンを手に取った。
「ちょっとアズール?」
「まあ、ここまで善意で対応頂いていたのがむしろ不思議なくらいですよ。何かお考えでも?」
「事情はどうあれ勉強には熱心だったからな。それに、自分で納得して決めなければ、それはそれで後々禍根を残すだろう」
「なるほど……。ですが、ぼくはそれこそ、かなり早い段階で生まれの性別を捨てました。今更、それで生きていけというのはあまりにも横暴では?それこそ、何と言いましたか?ここ最近流行の。ああいうので僕が訴えたらどうなるでしょうね」
「む……」
教師を脅すか、とクルーウェルは自分の椅子に座り、アズールとにらみ合う。
「脅すつもりはありませんが、逆にここまで来たら先生も最後まで乗るしかないのでは?ぼくはそれこそ、魔法薬の授業での不始末として戻らない性別転換が起こったと訴訟でも何でもしますけど」
「……やはり脅しだろう」
「いえいえ」
アズールの横で事の成り行きを見守っていた双子はニヤニヤとしたまま黙り、まるで観戦者の如く面白がっているようだった。
「……おい、リーチ兄弟。面白がっている場合か?幼なじみに何か起きたらどうする」
「だって、元々アズールは強いし」
「そうですねぇ。まあ正体がばれないようにと言うのは最大限フォローしていますし、寮長クラスでも無ければアズールが後れを取ることもありませんし」
「そういう事です。ですが、次にもし正体をばらすようなことになったら、その時は流石に僕も考えます。退学して……故郷に一度帰ります」
そういったアズールに、クルーウェルは少し考えてから紙を自分の方に引き寄せ
「……今回が最後だぞ」
「ええ勿論」
「念のためだがお前のユニーク魔法で何かするのは無しだ」
「心得ておりますとも」
話は終わったと、アズールは立ち上がってクルーウェルの部屋を出て行き、そのあとを二人が続く。
放課後の学内はパラパラと部活動をしている学生がうろついているくらいで、ひっそりと静まりかえっていた。
並んで歩いていた三人は、そのまま鏡舎に行き、今の時間なら大丈夫だろうとサバナクロー寮の前に来た。
丁度部活帰りだったのか、ジャックが洗濯籠を持って寮の入り口の側を通りかかったのにぱっと気付いたアズールは、ジャックを呼びこちらにと手招きした。
「え、アズール先輩?なんです一体」
「ええ、実はこの間の騒ぎでラギーさんや、それにサバナクロー寮の方々が大分協力してくれたと聞きまして。そのお礼としてこちら差し入れに来ました」
ジェイドとフロイドの持つ箱からの匂いに、ジャックはぴくっと耳をあげ、
「何か食い物ですか」
「ええ、肉料理やお菓子類など、少し多めに。ラギーさんは特にこういう物の方が良いかと思いまして」
「まあ、確かに……」
何故か金品よりも食べ物への執着がある先輩を思い出し、ジャックは尻尾を振りつつ一つを受け取り、
「じゃ、これをラギー先輩に?」
「ええ、それと、こちらの方はご協力頂いたサバナクロー寮の皆様に。モストロラウンジでも出しているコース料理や、少しボリュームのあるメニューをご用意しました」
「……なんか、そういう所ちゃっかりしているな」
自分の店が出す物を渡してくるアズールに、ジャックは思わず呟いた。確かに、いつもなら食べ物を貰えればみんな喜ぶのは確かだろう。ただ、あのオーバーブロットの事件の後、微妙にオクタヴィネルとサバナクローの仲は緊張状態でもある。
――まあ、それも今回ある意味チャラになったとも、言えるのか
「了解ッス。これはラギー先輩と、レオナ先輩に渡しておきます」
「よろしくお願いします。お二人はついでにどうされました?」
「ああ、警察のやり取りが終わって、部活の方に行ってるのをみました。腹すかせたタイミングでこれ見れば、多分機嫌は良くなるかもしれないですね」
「まあ、レオナさんについてはあまり期待はしませんが……」
アズールはそう言って、肩をすくめて
「とにかく、今回は色々ご協力ありがとうございましたと」
「伝えておきます」
お互いに頭を下げて、寮を出た三人はそのまま自分達の寮へと戻ってきた。アズールの部屋に入り、ドアを施錠して音消しの魔法を使うと、ようやっとはあ、と息を吐いた。
「どうにかなりましたね」
「疲れたー!」
「でも、アズールが退学にならずに済んで良かった」
ほっと、息をついて呟いたジェイドは、アズールを見つめてふっと嬉しげに微笑んだ。フロイドもそうだねぇ、とアズールに肩を回して
「イシダイ先生脅迫するとかすげーじゃん!流石アズール」
「……っま、まあ僕の手に掛かればこれくらいはたやすいと言うもの。……とは言ったものの、面倒な事はまだ有るんですが」
アズールはカレンダーに目をやり、メガネを押さえてため息をついた。
フロイドとジェイドも視線を同じようにカレンダーに向けて、あ、と声を上げていた。あまりにもばたついていて、そう言う時期だと事に気付いていなかったようだ。
「そういえば、そろそろ春のホリデーですね」
「ええ」
「……ねえアズールさぁ。家に帰ってこのこと話するの?」
「……いいえ」
アズールはそう言ってから肩をすくめ
「大したことでもないですしね。勿論、二人が協力する事が前提ではありますが」
二人はわずかに渋い顔をして
「そりゃ、するけどさぁ」
「トラブルが起きたことくらいは説明した方が良いのでは。何より、お母様は心配しているでしょうし」
「別にこれまでだってそれは変わらない話だろう。全く」
寮服のコートとジャケットを脱ごうとしたアズールに、ジェイドはすっと流れるように近づいて受け取り、執事のようにジャケットとコートをハンガーに掛けてブラシを掛けた。フロイドはクローゼットを開け、少し考えてから数枚の服を取ってアズールに差しだした。
「なんです一体」
「そろそろ薬切れる頃かなって」
「……まあ、そうですけど」
言っている側から髪が伸び、身体が縮み始めたアズールを、ジェイドとフロイドは万が一を考えてドアから見えないように隠し、小柄な姿になったアズールを見下ろした。
「はい今日のはこれ」
「はあ」
渡された部屋着を、アズールはまた増えていないか?という顔で見つめ、それでもまあフロイドが選んでるのだから大丈夫だろうと着替始めた。
フロイドに寮服を渡し、ジェイドはお茶を準備してきますねと出て行き、フロイドがクローゼットに服を片付けている間、アズールはもたもたと服を着ようと身をよじっていた。
「う、わっ!」
よろめいたアズールを、フロイドが手を伸ばして抱え上げ、どうしたのと不思議そうに問いかけてくる。
「服着るの慣れてるじゃん」
「この、後ろを止めるのがどうも苦手で」
「……あー」
下着のホックを引っかけようと手を後ろに回してゆらゆらとするアズールに、なんとも言えない表情でフロイドは呻いた。
「フロイド、ちょっとこれ付けてください」
「う、うえ……」
なんだか潰れたような声だったな?とのんきに考えるアズールの背後で、フロイドは数度瞬きをして、手汗がないか確認してから慎重に布と金属パーツだけを触るように大きな手でつまみあげた。
「……っと。はい付けたよー」
「ありがとうございます」
下着を身につけたアズールは、服を着ると髪の毛を引っ張り上げて大きくなってぶかぶかの靴をベッドの足下に並べて端に腰掛けた。
「そういえば、フロイド。何でいつも大きめの服を買ってくるんです?」
ぶかっとした柔らかな素材の服はやけに可愛らしい色使いで、フロイドは似合ってるなぁと機嫌良く眺めてからアズールの横に座り、髪にブラシを通し始めた。
「んー?まだ今の身体に慣れてないだろうし、それだったらこういうの方が良いかなーって。だめ?」
そう言われるとまあ確かに、とアズールは頷き
「まあ駄目ではないですけど」
「えへ、じゃあまた今度違うの買ってこよ」
「……自分の靴は良いのか」
ずっと欲しいと言っていた靴の事を思いだし、アズールはため息をつく。貯めるという行為をこの男はしない。恐らく気が向いてトレーダーにでもなったら一気に稼ぐだろう。
――多分、次の瞬間飽きた、と言って一気に文無しになりそうなんだよな……
柔らかなブラシで髪を丁寧に梳くフロイドの動きにうとうとしながらアズールは考えた。
――ジェイドだって、貯めることは出来るが結局何か欲しい物が出たらぽんと使うし
ドアの開く音と共に紅茶の香りがふわりと部屋に立ち上り、カラカラとワゴンを引いてジェイドが戻ってきた。
「お茶を入れましたよ。今日はリラックスできるハーブティにしました」
「ありがとうございます」
ジェイドはアズールの着ている服を見つめ、目を細め
「おや、フロイド。また新しいのですか」
「そう、可愛いでしょ」
「ええ。そうですね」
ジェイドは頷き、機嫌良くアズールの細く柔らかい髪を梳かす兄弟に目をやった。普段他人への扱いの雑さが目立つ兄弟が繊細な手つきで触れている様を眺め、兄弟が相手に向けている感情を察した。
当の本人はお茶を飲んで温まったせいか既にうつらうつらしていて気付いていないのはアズールらしいというしかないだろう。
「アズール、もう眠いなら休まれたらどうです?」
「まだやることもありますし、勉強も」
「遅くまでやってもあまり意味は無いですよ。明日少し早く起きてやった方が良いのでは?」
「……それは、そうか、な」
ジェイドはアズールがお茶を飲み終わったタイミングでカップを受け取り、フロイドと見事なタイミングでベッドにアズールを寝かしつけた。
片付けをしてアズールの部屋の鍵を掛けて廊下を歩きながら、
「それにしても、春の休み、完全に忘れてましたねぇ」
「色々あったしねぇ……」
二人並んでため息をつきながら、そのままラウンジに入ってカップを片付け始めた。
「母には一応伝えておきますが、今回はどうしましょうか」
「んー、正直実家も暇っていうか」
「そうですねぇ」
「本当はさぁ、陽光の国にちょっと遊びに行くのもアリかなーって思ったんだけど」
フロイドはどうやら検索していたらしいホテルやカフェの情報をジェイドに見せ、ジェイドはなるほどと頷いた。
「良いですね。温かいでしょうし」
「でしょー?でもさぁ、三人で行こうと思っていたからどうしようって」
「……ああ」
何も知らなければきっとすぐに誘っていただろうが、今の二人はアズールと、その両親の方に意識が向いていた。特にあのご両親達は自分達がアズールを誘って遊んでいたことを、果たしてどう思っていたのだろうか。
「……なんか、誘うの止めた方が良いのかな」
「そう、ですね」
お互い、かなり未練がましい顔をしていたが、それでも二人はため息をついた。
「ジェイドはどうする?山でも行くの」
「それもいいですけど、陽光の国には気になる物があるので僕も陸には行ってみようと思います」
「ふーん、じゃあ何だっけ?研修旅行?って感じであとでアズールに報告してやろうか」
フロイドの言葉に、ジェイドはそうですねと頷き、片付けを終えて肩を並べて部屋に戻っていった。

春のホリデーは大体長くても十日程度が多く、遠距離の生徒が多い学校では半数の生徒は家に帰らずに学校で過ごす事が多い。程々の荷物をまとめて鏡の前に立った三人は、他にも帰宅するらしいまばらな生徒達と並んで順番に鏡から目的地へ飛んだ。
「さて、僕はここでいいですよ」
二人に引っ張られて移動していたアズールは、そう言ってジェイドとフロイドの手を引いた。立ち止まった二人は、アズールの家がある方向に目を向けてから
「いえ、僕達もアズールのお母様にご挨拶しようと思いますし」
「はあ?」
「普段色々お世話になっておりますし、お母様も多分、その方が安心するのでは無いかと思いまして」
「まあ確かにねー」
フロイドも頷いて、アズールの手を再び取り、二人は渋るアズールを引っ張って回廊のようになっている大通りを通り抜けていった。アズールの家はそれなりに人も集まる中心部にあり、三人は店の裏手に回って関係者用の出入り口の前にたどり着いた。
中に入ると、事務所らしい部屋から黒い蛸足がぴょこぴょこ揺れているのに気付いたアズールは、それに向かって声をかけた。
「あらあら」
蛸足が引っ込むと、部屋から今度は人が顔を出して、満面の笑みでアズールと、後ろに控えていた双子に目を向けた。
「お帰りなさい三人とも」
「お久しぶりです」
「こんにちはー」
行儀の良い二人になんとも言えない顔をしたアズールを、母は軽く足先で小突いてから二人に向き直った。
「わざわざ送ってくれてありがとうね。お休みの間もし良ければうちでご飯食べに来てちょうだい。サービスするわ」
「はい、ありがとうございます」
ジェイドとフロイドは手を振って家に帰るために泳ぎ去り、アズールはため息をついた。
「今日も盛況ですね」
「ええ、なんとかね。あなたも学校で色々やっているみたいだけど……」
彼女はアズールに手を伸ばして頭を撫でてから、なんとも言いがたい顔でアズールの頬を撫でた。
「問題は無い?」
「ええ、去年と同様。僕だって慎重が身の上ですから。心配するようなことはありませんよ」
微笑んだアズールに、母親はもどかしげに蛸足を捻ったが、そのまま部屋に戻るアズールを見送ることにしたらしい。
妙な緊張感が漂う二人をもし従業員が見ても、難しい年頃だからとしか見えなかっただろう。
――ああ、どうしてこんな事になったんだろう
ため息をついた母の心配をよそに、アズールは家にいる間何をするか計画を練っていた。

家に帰ったジェイドとフロイドは、母の相変わらずの歓迎ぶりをさらりとかわして部屋に入った。去年と変わらない様子の部屋で、二人はさてと、とヒレを巻いて寛ぎ始めた。
「あれ、親父は?」
「陸の方に仕事で出ているらしいですよ」
「へえ。まあ別に良いけど」
暇ーと既に言い始めたフロイドに、ジェイドは苦笑いを浮かべて、ふと外の方に目を向けた。
「ジェイドさん、フロイドさん、ちょっと良いかしら」
「どうしたのー?」
母親の声に顔を上げたフロイドは少し困った顔をした母を見上げて首を傾げた。
「それがね、お父さんが二人にお話があるって。まだお仕事で陸にいるんだけど、もし用がなければ明日陸に来てくれないかって」
「明日?で良いんですか?」
「そうみたい。不思議ねぇ」
「まあオレは暇だから良いけど」
「僕も特には用事はありませんので」
二人の言葉に、母は頷いて
「そう、じゃあ伝えておくわね。変身薬は預かってあるからお迎えが来たら渡すわね。えーっと、服はどうしましょう」
「一応陸に遊びに行くつもりだったから持ってきてるから大丈夫だって」
フロイドはそう言ってオロオロする母親の背中を押して、母はそれならと部屋から出て行った。
「……わざわざ陸に呼び出すって、何だろ」
独り言のように呟いたフロイドはチラリとジェイドに目を向けるが、ジェイドも心当たりがないのか肩をすくめた。
「……さあ」
見当もつかない、というところが正直なところで、二人はしばらく考え込んで、まあ良いかと話を流すことにした。
何しろ、明日になれば分かるのだから何かする必要も無いだろう。
双子は基本的に楽観的である。それこそ、かの寮長であれば何かしら考えていたかもしれないが、自分達にそういうのは似合わないというものだ。

翌日、父の迎えというべきか、社員と言うべきか、とにかく使いの者がやってきて、二人はそのまま陽光の国の人魚用の港に上がった。
薬を飲んで用意していた服に着替えると、車が駐車スペースに止められていた。更に場所を移動するという事らしい。
「何してんだろ」
「さあ……」
疑問が浮かんだまま、二人は車に乗り込み、少しばかり乗っているとどこかのホテルへと移動していた。
駐車場では陸のスーツに身を包んだ父親が待ち受けていた。彼は手を振り、二人の肩を叩いて微笑んだ。
「いやー、悪いな二人とも。休みの日に」
「……良いけどさぁ、なあに用事って」
「ああ、すぐに説明する。まずは部屋に行こう」
エレベーターを開けて促されるまま二人は父親の後をついて行き、一気に上へと上がった。
恐らくそれなりの部屋なのだろう、廊下には見える分には二つくらいしかドアが無く、その片方を父は開けて二人は中に入った。勝手にソファにさっさと座って、めいめいリンゴや何やらを頬張り始めると、父はため息をついて水を手にした。
「はあ、なんか、本当にちゃんとやってるのか不安……」
「おや、母への報告で聞いていると思いましたが」
「そうそう。親父ってばぜーんぜんオレたちの事信用してないよねぇ。良くないと思う」
しらっと答える二人に、二人の父親は呻きながらソファに座り
「報告を聞いているから不安なんじゃないか……。ママはさあほら……。お前達に甘いから……」
「別に普通じゃね?」
「そうですよ」
はあ、とため息をついた父親は、まあいいや、とその話は取り敢えず置く事にしたらしい。鞄の中から大きな封筒を取りだして、中から取りだした小さな紙を、ばらばらとテーブルに並べてコツコツとつま先を叩いた。
「話が堂々巡りしそうだからさっさとお前達を呼んだ内容について始めるぞ。この写真、お前達は多分いつのものか分る筈だが、これについてすこーしばかりパパは頭を抱えているんだぞ」
なんの話だと、眉をひそめて二人は広げられた紙を見下ろし、それらが写真である事に気付いた。
数枚を手に取って、徐々に二人の顔が険しくなる。
ちらりとお互い視線を向け、出された写真をじっと見つめてから父親の顔を窺う。
「何枚かは僕達が写っていますね」
「隠し撮りとかサイテー。親父がやらせたのかよ」
「……いや、もっと面倒なやつだ。これはうちとあまり仲がよろしくない、まあライバル的なところが親切心だと言って渡して来たものだ」
彼らの父は一枚を手に取って、ひらひらと二人の前で振った。
銀色の長い髪を翻し、すっと伸ばした背筋で歩く少女と、その少女を見つめる双子の様子を収めた写真を、ジェイドとフロイドは黙って見つめた。
「この女の子、お前達と一緒に歩いているのを目撃されているんだが、どうしたことか学校のある島の住人ではないらしい。あの島の特殊性はお前達が一番良く分かっているだろう。ハロインウィークでも無い限りあの島に人がぽんぽんと移動するなどそうそう出来ない。にもかかわらず、この少女は毎週のようにお前達とデートをしていたそうじゃないか」
かつ、と机を爪が叩き、二人の父親は苦虫をかみつぶしたような顔で二人をじっと見つめた。
「で、オレは一応これでも魔法士だ。紙切れに写したとは言え姿を切り取った絵ってのは色々と情報が拾えるわけだ。例えば、そう、この女の子が今どこにいるか、お前達というコンパスを元にして」
がん、とフロイドが机に脚を乱暴に置き、ばらばらと写真が舞い上がった。
「うるせーな。ようは何が言いてーんだよ。別に何もしてねーんだからどうこう言う言われる筋合いねーんだけど」
「フロイド、机に脚を載っけてはいけませんよ。とはいえ、僕達だって一応それなりに年齢を重ねているわけですから、別に異性と出歩くことがおかしい訳では無いはずです」
「相手が問題なんだよ相手が。これ、どう見てもアズール君だろうが!」
ばん、と机を叩き、父親が思わず声を張り上げた。
「アズールは男ですよ」
「性別くらいどうとでもなるのはお前らだって魔法士の端くれ。知ってるだろうが。理由はどうあれ、少し前にちょっとした騒ぎがあったこともこっちは知ってるんだよ。蛸の人魚が珊瑚の海でどれだけのものか、お前達分かってるだろう。奴らがこれを出してきたってことは、向こうだってこれがどういうものか分ってるって事だ」
「……それは」
「でもアズール強いし……」
平気じゃねーの、ときょとんとするフロイドに、ジェイドはわずかに眉を寄せてそうですね、と呟いた。
「仮に魔法士が何かしたら、魔法執政官以外がどうにも出来ない、なんて状況はまずいだろう。出回ってるだよ色々と。まあ、アズール君が何を考えてこういうことをしているのかは……今回は聞かないが、注意はしておかなければならない。ご両親にもな」
「……う、ぇえ」
「仕方がありませんね」
渋い顔をしたフロイドに、ジェイドは肩をすくめた。恐らく、次に会ったときには自分達がバラしたんじゃないだろうなと何か小言でも言われそうである。
「はあ、しかしなぁ、アズール君って妹とかいないの……?」
「いないですね」
「いないー」
「そっかぁ、いないかぁ。はあ勿体ないなぁ、アズール君が女の子だったらパパすぐにでもおうちに馬鹿息子どもの責任とりに行くんだけどなぁ」
思わず、食べていた果物が喉に詰まりそうにあり、ジェイドとフロイドは大きく咳き込んだ。
「……それで、アズールのご両親達へお話でもするんですか」
「ああ、海の中にいる限り陸の連中に何かしてくることはないだろう。ま、休みの間は彼もそんなにどこか行くという話は無いだろうし、ま、大丈夫だろ」
はははと軽く笑って、写真を眺めて彼はなんとも言えない顔で柔らかな表情を浮かべている双子達と、その顔を向けられている青年の事を考えていた。

電話の呼び出し音が鳴っていたが、アズールは番号を見つめてから鞄に放り込んだ。
――ホテルに着いたかの連絡でしょうし、ついたら連絡をしましょう
アズールは周りの様子を眺めながら、春の風が吹き抜ける街を眺めた。
「久しぶりの陽光の国ですし、お土産も考えないとですね」
アズールは一人道を歩きながら、ため息をついた。
――それにしても、ジェイドとフロイド、二人で遊びに行くとは……
別に良いですけど、と何故かわずかに不満な気持ちを抱きながら、鞄を抱え直して進み始めていた。