魔法少女と使い魔1

 潮騒の音が聞こえる丘の上、ぽつんと一軒だけの小屋の前で、二人はさて?と考えた。
「どうやって警戒させないで会話をするかですね」
 人のように見えるが、喋っている男の口から覗く歯は尖って鋭く、人間の物には見えない。
「難しいこと考えなくて良いんじゃねーの?」
 答える男は隣の男と左右対称な見た目で、どちらも見とれるような姿をしていた。
 それじゃあ、とドアをノックすると、老婆の声がして、二人は顔を見合わせ頷いた。
「お邪魔します」
「こんにちはー」
 ドアを開けると、薬草の匂いがして、何かを煮詰めていたのか小さな鍋が作業用の台におかれていた。棚にはぎっしりと薬草を入れた瓶が並び、別の棚には古びた装丁の分厚い本がいくつも並べられていた。
「あのー」
 部屋の中に入った男達は、キョロキョロと辺りを見渡し、暖炉の前に座っている老婆に目をやった。
「何の用ですか?」
 老婆はくぐもったような声で二人に声をかけた。
「貴女、海の魔女ですよね」
 丁寧な物腰の男の言葉に、老婆はいかにも、と頷いた。
「何か願いがありますか?対価があれば……叶えてやらないことも無い」
 手を振る老婆に、もう一人が近づいて、ゆっくりかがんで老婆を見つめる。
「願いって言うかぁ。オレたち、魔女に仕えたいんだよねぇ」
「……はあ?」
 素っ頓狂な声が老婆の口から漏れ、慌てて咳払いをして老婆は目深にかぶったフードの下から、二人を見つめた。
「……ふむ。人間では無いと思ったが……どこぞの悪魔か何かか?魔女の魂でも回収しに来たか」
「いいえ。僕達確かに魔性の物ではありますが……。あれらとは別です」
「わざわざ魔女の使い魔になりたいなんていう、変わり種がこの世にいるとは」
 老婆は、ぴょんと椅子から降りて棚の一つに向かった。
 二人は、その老婆の動きに思わずお互い視線を交わした。
「……悪いが、弟子やら使い魔やらは間に合ってるよ」
 老婆の言葉に、二人は首をかしげて
「しかし、いくら魔女とは言え一人で何もかもするのは大変でしょう?」
「そうそう。何しろ、身体が小さいと色々不便じゃん」
 双子の指摘に、老婆はそんなこと無い!と戸棚にあるガラクタに見える物へ手を伸ばしながら答える。
「と、とにかく!願いが無いならとっとと帰っうわあああ」
 ガラガラと物が落ちて、やけに張りのある悲鳴が上がって、埃が舞い上がった。双子は、肩をすくめて床に転がる老婆――だった小柄な生き物を抱き起こした。
「……おやおや」
「へぇ」
 姿を誤魔化す魔法が、一瞬意識が途切れたことで解けたのか、銀髪の長い髪がフードからこぼれ、しわくちゃな老婆とは似ても似つかぬ少女がぐすっと目元を擦って起き上がった。
「これはこれは。当代の魔女は随分可愛らしいのですね」
「……っ!う、うるさいな。僕が未熟だと言いたいのか?」
 空色の目がきっと双子を睨み、埃を払い、ついでに手を取ってきた二人を払って立ち上がる。年の頃はまだ十代に入ったばかりか、我の強さがうかがい知れる目つきの少女は、ツンと二人から視線を逸らした。
 ガラクタを二人が片付け始めると、床に落ちたルーペのような物を魔女は手に取って双子に向けた。
「……それは?」
「魔物の正体を見る事が出来るレンズですよ。先々代が作った物です。……なるほど。水の気があるとは思っていましたが」
 少女はルーペをおろし、今度は困惑したように眉を寄せて二人を見上げた。
「この辺りでは見ない水魔ですね。一体、何の用です?」
「だからぁ、言ったじゃん。魔女様のおつきになりたいって」
「……二人とも、そこらの水魔とは比べものにならない高位の魔性じゃないですか。どうかしていますよ。僕に払える対価では釣り合えません」
「対価は別に要求いたしませんよ。と、言っても魔女にそのようなことを言っても信用は頂けないですよね。僕達、単純に海がつまらなかったから遊びが欲しかったんですよ」
「遊び……」
「退屈なんだよ下は……。そしたら、悪魔や魔性の間で当代の魔女に面白いのがいるって聞いて」
 見上げるような大きな男がかがみ込んで少女の手を取り、喉を鳴らしながら見つめてきた。
「……面白いのって……」
「悪魔のように魂を縛ったりなんて、そんな物騒な事はいたしません。僕らの魂を縛ってくれてかまいません。楽しい思いをさせてくれれば満足です」
「ねえいいでしょー?」
「帰れ」
 ばしっと一言で切り捨て、魔女はパシパシと二人の背中を叩いて追い返そうとした。双子はそんな!とショックを受けたような顔をして、それでもその場から動かず嫌だと駄々をこね始めた。
 ――この!僕より大きいからって!でも、僕の名前を知られなければ、こいつらも物理的に駄々をこねるくらいしか出来ないしな……
 魔女、と言うより人間が魔性に名前を知られるのは御法度だ。もし悪魔だったら呪詛返しやら何やら、何をされるか分かった物では無い。それでなくとも、この面倒な水魔は魔力が強い。
 ――とっとと追い返さないと
「もう、僕は弟子も使い魔も要らないんですってば!」
 ぐいぐいとドアの向こうに追い出そうとする彼女は、ばたん、と外で物音がするのに気付いて動きを止めた。
「何?」
 双子から離れてドアを開けて外に目を向け、彼女はうげっと思わず顔を引きつらせてドアを慌てて閉じた。
「あーいた!おい!アズール!」
「うわーほんとにいたよ」
「魔女ごっことか、マジでやってるんだー」
 外で叫ぶ少年達の声に少女は思わず呻いて、ちらりと床に座って眺めている双子に目をやった。
「……ふーん、アズール……って言うんだぁ」
「素敵なお名前ですねぇ。それ、真名、ですよね」
「い、いや……そんなわけ……」
 どんどん、とドアを叩く音は一層強くなり、ミシミシと嫌な音を立て始めた。魔法で強化しているとは言え、古い家である。
 ――まだ補強も十分終わっていなかったのに……
 先代の魔女の魔法は死んだ時から徐々に弱まっていた。それを自分の魔法で補強をしなくてはいけなかったのだが、まだ身体が小さいアズールには一回で出来る事に限りがあった。
 ――僕がもっと大人だったら……
 ぐっと心細さに胸が潰れそうになり、アズールは慌ててオークの杖に手を伸ばそうとして、身体が浮き上がって、流れるように椅子に座らされていた。
「へ?」
 ばたん、とドアが開けられ、小屋の外にあの双子が出ていくのが見えた。
「ちょ、ちょっと!」
 慌てて椅子から降りてドアに駆け寄ると、丁度あのうるさい子供達が双子を見て転がるように逃げ帰る所だった。
 ――いや、まあ暗がりからこんなのが出て来たら怖いけど……
 見上げた男二人は、つまらなさそうに逃げる子供達を眺めて
「なんだぁ、つまんねーの」
「遊んでくれると思ったんですけどねぇ」
 ぽん、と小さな少年の姿になって、二人は首をかしげた。
「……最初からその姿で無いと駄目でしょう」
「そうなんですか?見た目で人間って態度が変わるとは言いますが」
「へんなのー」
 子供の姿になった双子に、アズールはそろりと興味がわずかに湧いて、二人に近づいた。彼らの服の袖からチラリと見える、わずかに残る鱗の煌めきを、アズールは思わず見つめた。
「……それ、鱗?」
「そうだよー?触る?逆撫でしなければ良いよ」
「……いえ、と、取り敢えず今回は助かりました。ああいうのを力とかで抑えると後々面倒ですし」
 どうやら威厳を出そうとしているらしく、胸を張って少しばかり踵をあげて背伸びしたアズールに、二人は機嫌良く頷いた。
「僕達役に立ったでしょう?」
「変化は出来るし、魔法も少しだけ使えるよ」
「……いや、それとこれとは」
 話が別である。アズールはこういうときどうすれば良いのか、と頭を悩ませ小屋に戻りながら考えた。
 ――おばあさまならこんな事で悩まなかった筈……
 そもそも、タイミング悪く彼らに名前を知られてしまったのだ。知られた以上、魔性を野放しにしたら自分の寝込みを襲われる可能性は高い。
 ――なら、目の届くところに置いた方が良い、のか?
 考え込むアズールの横で、双子は勝手に鍋に水を入れて青い炎で鍋を温め始めた。
「……何してるんです?」
「お茶を入れるんですよ。人間はそうすると学びました」
「誰から?」
「先代の海の魔女ですよ」
「オレら、先代に助けて貰ったんだけど、お礼に何かするって言ったら次代の魔女の使い魔になって欲しいって言われたんだよねぇ」
「……は」
 一瞬、アズールは動きを止めて二人に目をやった。一瞬輝いた目は、すぐに曇って二人をぶすっと睨み
「……そういう嘘、止めてくれません?」
「あ、バレた」
「やっぱり魔女に嘘って駄目ですねぇ」
「……流れるように嘘をするのはまさに魔性ですね……。まったく……。で、お前達名前は?」
「……ジェイド」
「フロイド。何?やっとオレら雇ってくれるの?」
 魔性に雇うという感覚があるのだろうか。アズールは思わず気になったが首を振り
「良いでしょう。フロイド、ジェイド。僕の許可無く僕の名を唱える事を禁じます」
 空気が震え、双子が思わず呻いてよろけて膝を付く。子供の姿が揺らいで大人の姿、ついで恐らく本来の水魔の姿に次々変わって、やがて大人の姿になって、そのまま座り込んだ。
「……酷いですね」
「オレらが何か悪さすると思ってるわけ?」
「他に何がありますか?まあ、魔女が本名を知られるのも迂闊でしたが……。悪魔や魔性が理由や見返り無しに行動するとは思えません」
 ましてや、こんな未熟な魔女に、とは口が裂けても言えず、アズールはドアを開けた。
「さ、二人ともさっさと帰る事です。僕は……一人で何でも出来る」
 ――しなければならない
 内心の恐怖にも近い感覚を抑え、杖を手にアズールは二人に向けた。ふわりとジェイドとフロイドの身体が浮かんでぽんと外に放り出される。
「まあ、十年後くらいには考えてあげますよ」
 ふん、と鼻で笑い、アズールは二人を見下ろしドアを閉めた。

「追い出されたねぇ」
「追い出されましたねぇ」
 海の見える丘から少し降りた林の中、木の上に座り込んで、ジェイドとフロイドはどうしたものかと首をかしげた。
 魔女というのは使い魔を常に探す物だと聞いていたから、案外さっさと終わると思っていたのだが予想外である。
「まあ、予想外くらいでないと詰まんないけどさぁ」
「ええ、でも呪いを掛けるのは酷いですよねぇ」
 魔女の名前を声に出そうとすると、舌が痺れてジェイドは呻く。少女ながら、自分たちにここまでの呪いを掛けられる力に二人は素直に感心していた。これでもそれなりの力を持っている自覚はあるのだが、本名を知っている事を差し引いてもアズールの力はかなりの物だろう。
「なんか、本人はそう思ってなさそうだけどねぇ」
「そうですね。やけに意地を張っているようなところがあるというか」
 先代の魔女の噂は確かに聞いており、二人もその力のすごさというのは知っていた。海の魔女の名前の通り、かつては水魔の類いだった女が陸に上がって魔女となったという噂を聞いた事がある。
 先代はその魔女に匹敵するという話だった。
「なんか、あんのかな。だってほら、さっきの子供のあれとか」
「魔女ごっこ、とか言ってましたよねぇ。少し、村に行ってみますか?」
 二人はふわりと地面に降りて、少年の姿になろうとして少し考える。
「盗み聞きなら、動物の方が良いですかね」
「だね、猫とかになった方が良いのか」
 二人はごそごそと身体を変えて、黒い猫の姿になって丘から下った先にある村に入った。村はそこそこの物で、ジェイドとフロイドはチラチラと農作物の育つ柵や、家畜の柵にまじないが施されているのに気付いた。
「古さで行けば、これは先代か、その前の魔女の物のようですね」
「魔女に助けて貰って栄えてるって訳かぁ」
 尻尾をイライラと揺らしながら、フロイドは呟いた。人間の耳にはうなり声にしか聞こえないが、それでもその声に誰かが反応して二人の方に目をやった。
「ああ、やだやだ!黒猫じゃないか。それも二匹!」
「嫌ねぇ最近。狼の鳴き声もよく聞こえてくるじゃないか。呪われてるんじゃ無いの?」
 集まった女達は、そう言いながらぼやき、教会の方に目を向けた。
「やっぱり、丘のおばあさんって魔女だったのかねぇ?」
「相談にのってくれていたけど、神父様はあれを悪魔の手先のやり口だって言ってたわよねぇ」
 ひそひそと女達が囁き、ジェイドとフロイドはなるほどとお互いに目配せし合ってそこからそろりと逃げ出した。
「まじないが一部壊れていたけど、円を誰かが壊してたって事かな」
「可能性はありますね。ああ、これとか」
 ジェイドは、柵の一カ所に目をやり爪の先で突いた。
「斧で割られてるね。まじないの文字」
「これでは害虫や害獣が来ても防げませんね。壊したのは……」
 柵を越えて村の中央に位置する教会の方に近づくと、壮年の神父が斧を持って歩いてきた。
「……あれのせいですかね」
「あーあ」
 二人が見ている間に、柵のまじないを破壊していく神父を、ジェイドとフロイドはどうしようも無い、という顔で眺めていた。
「彼らは先代の魔女が亡くなっている事は知らないようですね」
「みたいだねぇ。アズールが先代の振りをしていたっぽいね」
「何だ、黒猫か?まったく!魔女の使い魔か何かか。また性懲りも無くあの魔女は……。これも処分をしておかないと」
 斧をこちらに向けてきた神父に、二人はうわっと急いでその場から立ち去って、商店街の方に逃げ込んだ。
「嘘だろあの神父。まさか今までも猫とか殺してたんじゃねーの」
「あり得ますね。まだ年齢的にも若い部類だから、使命感が強いんですかね」
 アズールが使い魔を嫌がるのも納得ですよ、とジェイドは若干声に苛立ちを滲ませて呟いた。
 滅多に声に感情がのる事が無い相棒の声に、フロイドはゆらりと尻尾を揺らして顔をジェイドに近づけて
「ま、取り敢えず状況は分かったから、戻ろう」
「そうですね」
 商店街の、人間の目に届かない場所を軽やかに進みながら、二人は丘へ戻ろうと歩いていると、眼下に人間達が集まっている広場があるのに気付いた。そこにはあの追い払った子供達らしき人影までいた。
「何してるんだろ」
「さあ?」
 二人はそろりと下に耳を向け、ざわめく声に聞き耳を立てた。
「……にしても、あの子が魔女の家に行ってるとはねぇ」
「大人しい子だったけど、確かに変わっていたわよね。あれは大人になったらとんでもない女になってたって」
「まあ、可哀想だが、魔女になってしまったならさっさとなんとかしないとなぁ」
「新しい神父様は魔女を殺せば村が祝福されるって仰せだし」
「面倒なやつがいなくなって村も安泰ね」
「魔女のばあさんと子供なら、薪はそんなに要らないかね。油は正直あまり使いたくないんだよな」
「しかし、魔女って火あぶりで本当に死ぬのかい?この間の毒入りのパイだって食べても平気だったみたいなんだけど」
 にこやかに談笑する人間達の話の内容に、ジェイドとフロイドは慌てて駆けだし、村の外へ走り抜けた。
 どうやらあの子供達が自分たちの事を出汁にして大人に何か吹き込んだのだろう。二人がふらふらしている間に、男達で魔女達――先代はとうに死んでいる事も知らないで、アズールを処刑するつもりなのだろう。
「もう猫の格好じゃなくても良くない?」
「そうでした。えーっと、何が良いでしょう」
 慌てるジェイドに、フロイドはいや取り敢えず人間で良いんじゃね?と急いで大人の姿に戻り、ジェイドもそれに続いて丘へ向かって駆け出した。チラチラ日が落ちてきたせいか丘に向かう途中の林の向こうに、たいまつの火らしい物がちらついていた。

 先代の魔女は祖母だったが、それを母は黙っていた。自分のためだったのだろう。一度村を出て、アズールを連れて祖母とは関係の無い人間として村に戻ってきたのだ。母は賢い人で、けれど魔女にはならない道を選んだ。魔女になる前に村を出ていくきっかけになった恋をしたと、彼女は言っていた。けれどその、父であるはずの男はアズールは見た事が無かった。
 父はどこに行ったのか。魔女の血と知って、母と子供を捨てたのか、聞けないままアズールは祖母と、そうと知らずに知り合った。
 よそから来たと虐められていたアズールは、村にいるのがいやで海に出たり、丘の林へ登って逃げる事が多かった。そこで、丘の上の怖い魔女と顔を合わせた。
 泣いていた自分を哀れんで、魔法を少しずつ教えてくれた。生えている薬草、涙を止めるおまじない。
 筋が良いと褒められて、何も知らずに弟子になると家を飛び出して魔女の家に転がり込んだ。
 なんとも言えない顔をしていた祖母の顔を、今更思い出してアズールはため息をついていた。
 窓から見えていたたいまつの明かりが何か、何となく気付いていた。
 祖母に薬のお礼だと言って渡してきた村の女の顔を思い出し、アズールは頬を噛む。あの女の持ってきた物が何か、祖母は気付いていた筈だ。それでもそれを食べて、彼女はアズールに次を譲って去ってしまった。
 家の前が妙に明るくなり、アズールはいよいよ来たと、椅子に座って祖母の姿に見えるよう姿を変え、じっと待った。
 家の扉が突然斧で壊され、罵声と怒号が小さな小屋の中に響いた。驚いた拍子に小屋がミシミシと音を立て、アズールは慌てて精神を統一して目の前の男達に目をやった。
「何か用かい?」
「魔女のばあさん、あんた子供を襲ったそうじゃ無いか」
「いいや。何もしてないが?勝手に人の家に忍び込もうとしたのはいたかも知れないけれどね。人の家に入って良い道理は無いだろ」
「お前の弟子がけしかけたって子供が言っていたぞ。巨人を召喚したとか言ってな」
 巨人、と言われてアズールは思わず笑い声が漏れ、慌てて息を吸ってしかめっ面を維持した。
「巨人ってのはもっとでかいのを言うと思うんだけどねぇ。ありゃただの人間だとも。ちょっとお願い事があってうちに来ていたんだよ。それを邪魔されて騒がれたら、そりゃ怒るだろうよ」
 気勢を削がれかけ、男達はどうする?とお互いに顔を見合わせた。
「さあ、いい大人が子供の嘘を信じるのもしょうが無いけどね。とっとと帰ってくれ」
 手で払うように振ると、男の一人が嘘をつくなと叫んでアズールに向かってたいまつの火を振りかぶった。
「あつ……!」
 火が頬をかすり、アズールは思わず呟きよろめいた。同時に、男達がどよめき、慌ててアズールはフードをかぶり直した。
 ――まずい、熱さにびっくりして幻術が解けた……
 顔を隠すアズールの手を引っ張りあげ、男の一人がアズールを引きずって外に連れ出す。
「姿が変わったぞ」
「やはりこの娘も魔女に」
「やはり火あぶりにするしか……」
 ざわめきの中、アズールは服に手を掛けられ慌てて実を振りほどこうと藻掻いた。
「このっ!」
「大人しくしろ。悪魔と契約した跡があるはずだ」
「はああ!?あるわけ無いでしょうそんなもの!」
 服の破ける音がして、アズールは袖を捨てて身体をよじって地面に転がった。慌てて立ち上がって逃げようとすると、今度は別の男の手がアズールを押さえ込んで地面に押さえつけた。
「痛い痛い!」
 縄で腕を縛られたのか、手首に滲む痛みに足をばたつかせると、アズールの身体が浮き上がって丘の向こうにある崖の縁が見えた。
「確か、魔女ってのは水に沈む筈。お前が無実なら生きられるだろ」
 とんでもない言いがかりに、アズールは目眩がしてきた。祖母がさっさと死んだのも、これなら納得できるという物だ。
 ふわりと身体が浮き上がり、次の瞬間海面へ向かって落ちていくのをアズールは見つめていた。
 ――縄抜け、する前に沈むなこれは……
 水音と共に視界を細かい泡と水が覆い、耳に水の音が響いた。
 肺を水が満たし、息苦しさから閉じていた口が開いて水面を見上げたまま泡を見つめて沈むのを、アズールは薄れる意識の中で眺めていた。その目の端に、チラチラと何かの影が見えて、彼女は眉をひそめた。
「……ああ、まだなんとか大丈夫そうですね」
「ほら、しっかりして」
 水かきのついた手が目の前に伸びてきて、口元を覆った。ふっと息が楽になった気がしてアズールは咳き込んだ。
「火あぶりだったら僕らでも駄目だったかも知れませんでしたね」
「水ならまあなんとかなったしねぇ」
 聞き覚えのある声に、アズールは塩水でしみる目を瞬きして手を伸ばした。鱗のある肌に手が触れ、長い尾びれがアズールの身体を支えるように巻き付き、身体を抱えた。
 ――ジェイド、フロイド……?
 意識が遠のいていくアズールは、二人の名前を呼んで、手は答えるようにアズールの手を握っていた。

「名前を呼ぶのを許しましょう」
 どこか分からない入り江の砂浜に寝転がったまま、アズールは呟いた。夜明けにはまだ早く、波に連れて行かれないように、水魔の二人の長い尾びれがアズールを抱えていた。
「……その姿、元はなんですか?」
「ウツボです。僕達、元は南の海の生き物なんで」
「ちょっと間違えて海流にのって、ここの近くまで流された事あってさぁ」
 そう答える二人の言葉に、アズールはふと思い出した。酷い嵐の後、海に何かが流れ着いていないかと降りた数年前、弱っていた小さな水魔を岩場からすくい上げた事があった。
 ――そのうち僕の使い魔にでもしてあげますよ
 岩場から海に戻してそんな事を言ったかもしれない。
 しれないのだが。
「……いや、あの時から成長しすぎでは?」
 数年ですよ?と思わず起き上がるアズールに、ジェイドとフロイドは輪郭がぼやけて身体が縮んで子供の姿に変化した。
「ああ、あれから少しありまして」
「強いやつに勝負仕掛けて、負けたやつの肉食らったんだよねぇ。そしたらなんかこうなってた」
「……ええ」
 そういう力の付け方は確かに魔物にはあると言うが、数年でどれほど食ったのかと、アズールは顔を引きつらせる。
「ふふ、魔性はある意味人間などよりも恩義には報いますよ」
「どちらかというと、僕を食って力を付けたいだけでは?」
 膝を抱えてむうっと呟くアズールの髪を、二人は左右から手を取り絡みついた髪をほどき、砂を取りながら囁く。
「そんな人間みたいなだまし討ちするわけないじゃないですか」
「そうそう。食べたいときはちゃんと言うよー?んー、でもアズールは後もうちょっと大きくならないとそもそも食せないけど」
「……食べるのか」
 あー、と口を開けて歯を見せてくるフロイドに、アズールは思わず呟いた。疲れているせいかあまり感慨は無いのか尖っている歯を眺めて噛まれたら痛そうだなとしか考えていなかった。
「まあ、アズールが大人になったらその辺は説明するとして」
 ジェイドはにこやかに微笑み、手を叩いた。
「どうします?多分、家は燃やされたと思いますが」
「ああ、大丈夫ですよ。一旦戻って……そうしたら」
 村を捨てます、と答えてアズールはふらふらと立ち上がった。
 ジェイドとフロイドも立ち上がり、再び輪郭が崩れて身体が大きくなって、大人の姿に変わるとアズールの身体を抱えて歩き出した。
「なんです?」
「ここから貴女の足で歩くと、多分一日かかりますよ。僕ら、少しばかり速く歩く方法を知ってるので」
「とはいえ、途中で交代はするけど。アズールはジェイドにしっかりしがみついてた方が良いよ」
「なんでっ、ひえ……!」
 風がいきなり舞い上がったと思うと、地面が遠ざかっていた。
「と、飛んで……」
「より正確には跳躍ですね。尾びれの力の強さがそのまま脚力にもいっているようで」
 ジェイドは説明したところ、ふうっと今度は落下して思わずアズールはジェイドにしがみついた。浮き上がるような感覚と飛び上がる感覚が数度続き、ようやっと動きが止まると、ジェイドがアズールの背中を叩いた。
「着きましたよ」
「ほ……あ……」
 下ろされたアズールは、へろへろと進み、燃やされた家の前に立ってため息をついた。
「やっぱり燃やされてるね」
「ええ、まあ、そうだとは思いました。だから念のため仕掛けをしていました」
 崩れかけた扉の枠の前に立つと、アズールは指先で文字を描いて呪文を口にした。ジェイドとフロイドが後ろで見ていると、焼け焦げた扉の枠の向こうに元の小屋の内部が見え、二人は思わず近寄った。
「これは?」
「扉の内と外は実は少しだけ空間をずらしていたんです。小屋の外側が壊されたり燃やされたりしても、内部だけ切り離して中身を守るというやつです」
 上手く行くかは正直分からなかったのだが。
 自分でどうにか出来ないかと色々考えてやってみた物だったが、どうやら上手く行ったようだ。少し満足げに部屋の中に入る。
「荷造りはまあ勝手にやれるようにして……。問題はどこに逃げるか、ですかね」
 考え込んだアズールは、暖炉の前の椅子にいつものように座って、わずかに俯いた。
「したいようにすれば良いのでは」
「そうそう、行ってみたいなーって所とかあるでしょ」
 荷車に文字通り勝手に移動し始めた本や荷物を眺めながら、ジェイドとフロイドは問いかける。アズールは少し考えてから
「……そうですね。どこか大きい街で、お店、とか……。お薬を売ったり、願い事を叶えたり……というのは考えた事はありますけど」
 少女らしい、ただの夢のようなそれに、ジェイドとフロイドはそれならと頷いた。
「南にある大きな街なら、良いと思いますよ」
「どうしてです?」
「交易が盛んで人の出自とか関係無く人も物も出入りしてるから。あそこ、嘘かほんとか分からない呪い師結構いるんだよねぇ。魔女が一人増えても、どうせ気になんないと思う」
 アズールは、少し考えてからふと目をキラキラさせて、顔を上げた。
「そ、それなら!……うん、なんとかいける……な」
 何か考え込みながら、アズールは椅子から降りて、荷造りの進み具合に目をやり、二人に向き直った。
「お前達がそういう事を言うということは、まだ僕の使い魔になる事を諦めてないという事ですね」
「ま、そうかもねぇ」
 どうする?と問われてアズールは、胸を張って答えた。
「まあ、仕方がありませんね。大きな街ではどうしても僕だけでは上手く立ち回るのは難しいですし。人手は要りますし……。ええ、まあ……。良いでしょう」
 アズールはそう言って二人の前に手を差し出した。その甲に、ジェイドがまず膝を付いて、アズールの手の甲に口づける。ぱちっと何かが弾ける感覚に思わずアズールはビクッと身体を震わせ、フロイドも同じように手の甲に口づけた。
「……あ、えっと……。これでお前達は僕の使い魔、ですね」
 ――いや多分……。だけど
 実際の所、アズールは祖母が生きている間に使い魔の召喚の仕方も、契約の仕方も教わっていない。そもそも、自分がいた頃には使い魔を使っていた形跡が無く、自分も噂で聞いたくらいだったりする。
 ――魔女の集会にも、おばあさま行った事無かったみたいだしなぁ……
 おおよそ神父達が糾弾していた内容の殆どを、アズールは何を言っているのか分かっていなかったりする。
「……とにかく、さっさと村を出ますよ!」
 夜明けが近くなり、薄日が差してきた中、アズールは二人をせき立てて荷車に乗った。
「これどうやって動かすの?まさかオレたちに引っ張らせようって」
「そうして速いなら良いですけど……。そんな訳ないでしょうし。普通にバイコーンとか呼びますよ」
 アズールは荷車の中から本をとって、ごそごそと召喚陣を引き始めた。
「アズール、一つ良いですか」
「なんです?」
 ガリガリと杖を動かして陣を書きながらアズールは顔を上げる。ジェイドは、少しばかり言いづらそうな表情を浮かべて、
「……。バイコーン、制御できます?」
「は?そりゃ勿論」
「……バイコーンって処女の言う事聞かないっしょ。ユニコーンとかの方が良くない?」
「え、だってユニコーンってなんか魔女っぽく無いと言うか」
 不満げな顔をするアズールに、二人はそうは言うけど、と言葉を続けた。
「アズール、そもそも経験が無いはずですし」
「そうそう」
「経験……」
 なんの、と言ったら笑われそうで、アズールは肩を怒らせてそんな事無いです、と見得を切った。ジェイドとフロイドの顔がますますなんとも言えない顔になったが、アズールは気にせず杖を振った
「こい、バイコーン!」
 陣の中から飛び出してきた黒い毛並みの馬のような魔物に、アズールは満足げに頷いて、荷車を指さした。
「さあ、これを引っ張ってください」

「……」
 かぽかぽ、と軽快な歩みで進む真っ白な毛並みに角の生えたユニコーンを見つめて、アズールはむすっと荷車の端に座り込んでいた。
 荷台にはフロイドが乗って、御者台にはジェイドが一応座っていたが、殆ど手綱も無しに、馬は軽やかに進んでいた。
「……まあ、アズールさ、元気だしなって」
「ええ、まだアズールは……、子供ですから仕方が無いですよ」
 吹き出しそうになったのか前を向いたジェイドに、アズールは思わず拳でごつっと背中を叩いた。
「僕、魔女なのに」
「まあまあ、魔女のイメージにのってやることもないし?ほらアズール、林檎あるから」
 フロイドに若干雑に慰められながら、アズールはお腹を鳴らして思わず林檎を受け取りシャリシャリとかじり始めた。
 街道はまだ人の姿はなく、荷車は村の人間に気付かれること無く進み、南を目指していた。