ナルキッソスの宴

ワカわか 現パロ

隣の家に誰かが越してきたのに気付いたのはつい最近だった。

その家は昔から近所でも有名な曰く付きの屋敷で、わかばが子供の頃には既にいくつかの世帯が入れ替わり立ち替わり入居し、やがて気がつくと居なくなっていた。幽霊屋敷の探検と称して、こっそり庭に忍び込んだ事もあった。
誰も居ない屋敷の庭はわかばの小さな家には無い立派なもので、かつて住んでいた住人達によって植えられた花や木々が無造作に伸びて広がっていた。一見すると不気味ではあるがわかばは広がる花や木を眺めるため、時折中に潜り込んで、少しの間茂みの中で虫に刺されない程度にしゃがんで眺めていた。

その、屋敷に随分若い入居者があったとかで、近所に住むおばさんから少しだけ話を聞いた。お若いのに学者さんでお金持ちだそうよ、とわかばにこっそり耳打ちしてきた。何か言いたそうにしていたのは、何だったのか、わかばはそのときは分からなかった。

その日、出かけようとして家から出ると、件の家の方でも音がして、ぼんやりと音の方に目をやると、中から出てきた人がわかばの方に気付いた。
目が合った瞬間、思わず呆然と相手を見つめるしか無かった。それは相手も同じようで、わかばの視線に気付いたのか振り向いて凍り付いたように凝視していた。
正直な所、ほぼ同じ人間が少しばかり違う服を着て違う家から出てきたというシチュエーションだ。昔よく見たテレビとかの特集だったらドッペルゲンガーだと話題になるレベルである。
どうしようと考えていると、向こうの方が先に気を立て直したのか、こちらに向かってにこりと笑って近づいてきた。わかばも慌てて笑顔を作り相手を見返した。
「あの、こんにちは」
「あ、ええと、どうもこんにちは」
「隣に越してきた、ワカバという者です」
ぽかんとして見つめると、ワカバはどうしたのかと訝しむように見つめてきた。
もう、こうなれば仕方が無い。
「……えっと……そこの家に住む……わかば、という者です」
わかばの自己紹介に、相手は少し呆けたような顔をしてすぐに嬉しそうな顔をした。
ほっとして、わかばも表情を緩める。
「すごい偶然ですね。きっとこれも何かの縁。仲良くしましょう」
そう言って手を差し出してきた、自分と似た青年に、わかばはほっとして手を握り返した。
「こちらこそ、何かあったら何でも言ってくださいね」
わかばの言葉にワカバはありがとうと言って微笑んでいた。

それから、なんとなくお互い少しずつ顔を合わせたり、道で会ったら会話をしたり、ごくごく普通の近所づきあいをしていた。

特にわかばが元は研究職を目指していた事を知ってからはかなり色々教えてくれたりもした。
彼は昔から続く学者の家だとかで、本当はもっと山手の方に実家があると教えてくれた。
どうしてこちらに来たのか聞くと、自分で自由に出来る部屋がほしかったからだと言った。
「わかば君はここには長いの?」
「ええ、まあ。昔から居ますね。祖父の世代から小さいですけど家も残っているし……。おかげであまり高望みしなければ何とか生きていけますし」
「ふーん……でも、わかば君の実力なら結構良い所狙えそうなのに……」
「あはは、まあでも難しいですよね。コネじゃないですけど、知り合いの伝手もないし。ワカバさんはすごいですよね。自宅にも研究室みたいなのあるんですよね」
「そう、まあ簡単な事は調べられたら良いなと思って。もし良ければ今度中を見てみる?」
ワカバの誘いに、わかばは思わず興奮して目を輝かせた。
「い、良いんですか? ホントに?」
「うん、別に構わないよ。でもちょっとお願いがあるんだけど」
彼はにこやかに笑ってわかばの肩を叩いた。

初めて入ったワカバの家は、段ボールなどもほぼ片付いており、すっきりとしていた。
この家に入ったのも初めてである。庭だけでもすごかったが中も広かった。しかし、広い屋敷に一人でさみしくは無いのだろうか、と思うほど広く、片付けられていてどちらかというと落ち着かなかった。
通されたのはかなり立派なソファが置かれた立派な客間で、わかばは更に落ち着かない気分でふかふかのソファに腰掛けた。沈み込みそうだ。
「口内の細胞の採取……ですか」
わかばはお願いごとを聞いて思わずオウム返しに呟いた。
彼は頷いて
「僕ら、ここまで似ていると言う事はひょっとしたら過去に同郷の出だったとか、何か面白い物が無いかと思って。迷惑なら良いんだけど」
出されたお茶を飲みながら、わかばは少し考え
「いえ、良いですよ。面白そうですし、僕も興味あります」
ワカバは手を叩いて嬉しそうに
「そう言ってもらえて良かった。さっそく道具を持ってくるから待ってて」
と立ち上がって部屋から出て行った。
おそらく研究用の部屋のある方からガタガタと音がし、しばらくすると木箱を抱えて戻ってきた。
「……えっと、じゃあちょっとここで悪いんだけど、口開けてもらえる?」
箱から綿棒の箱を出して一本取り、ワカバはソファに座るわかばの前に立った。
「あ、はい」
歯医者に見てもらうように口を開けて少し上を向くと、ほぼ同じ顔が自分を見下ろしていた。本当によく似ている、とぼんやり考えているとワカバは綿棒で左頬の裏側を軽くこすった。
「よし、これは採取完了と……あと、他にもいくつか採取して良い?」
他に何かあるか? という疑問を口にする前に、わかばの右腕辺りにちくりと何か違和感を抱いた。
「え?」
「あれ、痛かった?」
無痛のはずなんだけどな、とワカバは右手に持っていた不思議な形の道具を手に首をかしげた。
「あ……れ……?」
体が痺れるような不思議な感覚に、わかばは嫌な予感がして立ち上がろうとした。
「危ないよ。少し弱いけど……麻酔かけたから」
「ますい……? なん……で」
ワカバは軽くわかばを押さえて座らせた。わかばはなおも動こうとするが、もがいて更にソファに沈み込んだ。
「無痛注射っていうけど、まあ、しょうが無いよね」
無造作にテーブルに置かれた注射を呆然と見つめるわかばを、ワカバはおかしそうに見つめて笑った。
「会ったときからじっくり観察したいと思ってたんだ。良い機会だし、きっとお互いにとっても有益だよ」
何でも言ってください、って言ってくれたしね。
わかばはそんなつもりで言ってないと抗議しようとしたが、ろれつの回らない舌はうめき声のような物しかでなかった。

着ていた服を無造作にまくられ、ひやりと冷たい空気が皮膚に触れた。
麻酔は弱いといっていただけあり、もがけば少しは体が動かせるので、わかばは身を捩ってワカバの拘束から逃れようとした。
「体もあまり変わらない感じ……だけど少し肉が足りないね。食事の影響かな」
もがくわかばを押さえ込み、ワカバはいたく冷静にわかばの肌に指を這わせた。ぞわりと我知らず背中が総毛立ち、わかばは思わずひっと声を漏らした。
まずい、これは本当にまずい。皮膚を這う他人の指の感触にわかばは自分でも心拍数が上がり、何かよく分からない感覚がわいてきているのに気付いた。
どうにか這いずってでも逃げようともう一度体を捩ってずるっとソファから崩れ落ちた。
「いてっ」
「大丈夫?」
うつ伏せに倒れたわかばの体に上から押さえ込んで、ワカバは優しく問いかけた。
声は優しいが、やっている事とまるであっていない。のしかかってきたまま今しもベルトのバックルを弄って外し始めた。
「や、止めてください、本当に……」
麻酔が少し抜けてきたのか、わかばの声が意味のある言葉を発した。
「でも、ここ。結構反応しているけど」
「うわっ……」
下着ごと服が脱げて外気に晒され、わかばは身をすくませた。這って逃げようとするが体を押さえ込まれてばたばたと手を床に叩くだけだった。
ワカバの手がわかばの内股をなぞり、わずかに反応し始めていた陰茎を握り上下に扱いた。
わかばの体が大きく揺れ、噛みしめた口からわずかにあえぎが漏れた。
「い、嫌だ、こんな……っ」
「そう? 心拍数とか体の反応は問題なさそうだけど……」
背後からの声にわかばは首を振ろうとした。瞬間、臀部に何か異物が当たり、わかばは振り返ろうとして悲鳴を上げた。中に何か液体のような物――感触的にオイルか何かだろうか――と指が押し込まれ、中をかき回した。
「うっ……ッ!」
指は筋肉をほぐすように動いていたが、時折ある一点に指がかすめるとわかばの体が反射的にびくりと震えた。どうすれば良いか全く分からないが、わかばは何かが足りずに腰を揺らしていた。
「そろそろこれつけた方が良いね」
逃げる気が失せたのか、ぐったりと床に手を投げ出して腰を上げた状態のままのわかばに、ワカバは中から指を抜くと手元にあったゴムをわかばの陰茎に被せた。
「な……なに……」
「混ざると結果がおかしくなるから」
「まざる……?」
わかばは意味が分からずぼんやりと首をひねってワカバを見つめ、さあっと血の気を引いた。
「ちょ、まっ……!」
「体を楽にしないと辛いらしいよ? ほら、息を吐いて」
「む、無理っ、そんな……あっ、ぐっ……ッ!」
わかばはほぐれた後孔を押し広げて入ってきた異物に思わず悲鳴を上げた。後ろからワカバがわかばにのしかかって
「大丈夫、人の体って意外と柔軟だから。ほら、息を吸って吐いて」
何がどう大丈夫なのかという疑問が一瞬浮かんだが、わかばは楽になろうと言うとおりに息を吸って吐いた。息を吐く事で体の筋肉がわずかに緩み、ワカバは偉いねと言いながらわかばの体の奥に身を沈ませた。
「ん……! も……ッ――ああァ!」
奥を何度も突かれ、わかばは声を上げた。
一際わかばの体が大きく震えて嬌声が上がると、ワカバも体を震わせて息を吐いた。
「……」
組み敷いたわかばを見下ろして、彼は幾分か不思議そうに震える自分の手を見つめ、すぐに何事も無かったようにわかばに声をかけた。
「大丈夫?」
ワカバがわかばの中から身を離すと、支えを失ってそのままずるずると床に倒れ込んだ。返事がないのでとりあえずサンプルを回収しようとわかばからゴムを取り去る。
「シャワーは好きに使って良いよ。これの結果はまた今度出たら教えるから」
わかばは呆然としたまま床に転がっていた。本当に彼は、ただ必要な物を採取するためだけにやっていたようだ。部屋から出て行ったワカバは上機嫌でさっき自分を犯したように見えなかった。
背筋が寒くなり、わかばはどうにか起き上がると体を引きずりながら逃げるように屋敷から出た。