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一太郎2019とJustPDFだけで隠しノンブルPDFを作る 2

一太郎とJustPDFだけで隠しノンブル付PDFを作ろう第二回目

前回までの作業でそれぞれ右と左にノンブルが振られた二つのファイルが出来上がりました。

こんどはこれを分割して、目標であるノド側にノンブルが振られた一つのファイルを作っていきます。

続きからどうぞ

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一太郎2019とJustPDFだけで隠しノンブルPDFを作る

icon

この内容はInDesignを使わないで隠しノンブルPDFを作る方法の一つを公開した物です。

かなり面倒な手順を踏んでいますので、どうしてもInDesignの為だけにAdobeCCを使うのは……という方でない場合、とても面倒くさいです。

大まかな手順は以下の通りとなります。

使ったソフトウェア

・一太郎2019(プレミアムバージョン)

・上記に同梱されていたJustPDF4[作成]・[編集]

  1. 原稿を一太郎でつくって組版します
  2. PDFファイルを作ります
  3. JustPDFの「すかし」機能を使って全てのページの左右に隠しノンブルを入れます
  4. それぞれのファイルをページごとに分割します
  5. 分割したファイルから、ページ左に隠しノンブルが入る物は奇数ページを全て選んで削除します。
  6. 同様に4のページ右側に隠しノンブルがファイル物は、偶数ページを全て選んで削除します。
  7. 二つを合わせます
  8. 分割したファイル類を一つのファイルに再度作り直します。
  9. 完成

順を追って、作業のキャプチャも交えて説明します。

続きからどうぞ

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エアめっさ気になるぅ5

3/29 めっさ気になるぅ5 サークル配置図

エアめっさ5向けにコミケカタログみたいに配置リストを表っぽくしてみたよ

 

奥↑

 

 

 

 

入口↓

01サークル名:ゆきみぱーく

Twitter:https://twitter.com/yukimi56

20

予備

02

 

サークル名:こねるおもち

Twitter:https://twitter.com/fm_tek

19

 

サークル名:なまり玉

Twitter:https://twitter.com/namari_siro

03

 

サークル名:CLEO

Twitter:https://twitter.com/810cleo

18

 

サークル名:じゃんがり庵

Twitter:

04

 

サークル名:normal  hand

Twitter:

17

 

サークル名:Filament

Twitter:https://twitter.com/esutoreya109

05

 

サークル名:第一の瓶

Twitter:https://twitter.com/mogura_mgmg

16

 

サークル名:Payola

Twitter:https://twitter.com/maybellene1955

06

 

サークル名:iichikomame-ya

Twitter:https://twitter.com/iichikomame

15

 

サークル名:Astro Pants

Twitter:https://twitter.com/tarowimo

07

 

サークル名:糸々町

Twitter:https://twitter.com/porimayo

14

 

サークル名:ぽいふる

Twitter:

08

 

サークル名:游文堂

Twitter:https://twitter.com/yu__2020

13

 

サークル名:中田中

Twitter:https://mobile.twitter.com/nakatanaka999

09

 

サークル名:みぎ屋

Twitter:https://twitter.com/rightleftagony

12

 

サークル名:からふる☆ぴーなっつ

Twitter:https://twitter.com/p_pea_nut

10

 

サークル名:うん亭

Twitter:https://twitter.com/uneko_miyuru

11

 

サークル名:たのしいキングダム

Twitter:https://twitter.com/maik_ata

君の帰り着く場所-冊子サンプル-

2019年11月10日 めっさ気になるぅ4で頒布予定の本のサンプル1弾目

ウェブで公開していた現パロわかりん本のWeb公開版の前半部分になります。
組版などの確認などどうぞ。ちょっと縮小してあるので実際に手に取る物はもう少し大きいです。
スマホだと少し見づらいかもしれないです…

 

サンプル

毒と蜜と花

 

「おい、ちょっとこっちに来い」
七島を超えた先で休憩をしていたときだった。ムシたちを散らしてどうにか進み、落ちついたと思って座り込んでいたわかばにりんが声をかけてきた。
「あ、はい」
若干憂鬱な表情を浮かべたわかばを、りんはじろっとにらみ付け、わかばは慌てて側に近寄っていった。
「な、何でしょう」
「あれ、確認するぞ」
「……う、分かりました……」
わかばはかくりと項垂れて、大股で歩くりんの後についていった。りつやりな達が居る所から少し離れた物陰に移動すると、わかばはもはや慣れたもので、りんに背中を向けて膝を抱えて座り込んだ。
りんは座り込んでわかばの体に腕を回して探るように体に手を這わせた。
「――はぁ」
わかばの胸に手が触れ、おそらくりんが出来る範囲でかなり優しめに動き、わかばは息を吐いた。
ここ最近、これをされるとどうもおかしくなってくる。
わかばは気を紛らわすために何か他のことを考えようと記憶を遡り始めた。

「なあわかば。ここのこれ邪魔なのナ」
ケムリクサをいじっていたわかばの膝に乗ってきたりなじは、不満げにわかばの胸元に頭を乗せた。
どうやらわかばの膝に座るとどうしても頭が胸にあたり、膨らみが頭に当たることを言っているようだった。
「これなんであるのナ?」
「なんでって……元からついていたものですし……」
わかばはうーんと呻いて答えに窮した。
「りなじたちは無いナ。りつ兄やりん兄にも無いな」
「そういえばそうですね。性別……の違いとかでしょうか」
わかばの言葉にりな達は何それ、と首を傾げた。
「わかばの言っている事よく分からないナ」
「すみません、僕もよく分からないんですけど……」
わかばの言葉にりなじは体をわかばの方に向けて胸に手を当てた。
「というか、この感じの、前りく君がりなぞうから取り上げていたのと似てないかな」
「似てる似てる」
「ふわふわとか言ってたな」
「じゃあわかばのもふわふわなのナ?」
「りく君じゃないからわからないナ」
わかばはくすぐったそうな顔をして
「あの、あまりそこを触られるとちょっと……」
少し恥ずかしそうに咳払いをするわかばに、りなたちは首をかしげた。
「なんで?」
「くすぐったいので……っ」
顔が赤くなるわかばに、りな達は不思議そうな顔をした。
「りく君と同じな」
「りな、あまりわかば君をからかっちゃダメ」
運転席から顔をのぞかせたりつはりなたちに少し低い声でたしなめた。
「はーい」
りなたちは返事をして手を挙げ、わかばから離れた。
「ごめんね、わかば君」
「いえ、やっぱり、気になりますよね。僕、皆さんとはなんか違うし……」
わかばの言葉にりつはそうだねーと頷いた。
「りょく君が何か言っていた気もするけど。私たちが男というタイプで、そうじゃないタイプがある、とか。わかば君の事なのかな」
「……どうでしょう。よく、分からないです」
すみませんと謝るわかばに、りつは手を振り、
「じゃあ、試しにそれの音を聞いてみてもいいかにゃ。特に変な音がしなければ気にするような話でもないって事だし。りんも納得し
てくれると思うにゃ」
「ああ、そうですね。お願いします」
りつはわかばの胸に手を当て、うーんと首を傾げた。
「心臓の音はするけど……特に何もなさそうだにゃ」
大丈夫大丈夫、と元気づけるようにわかばに言うりつに、わかばはほっとしたような表情を浮かべた。
「近くにムシはいなかった……って何やってるんだ」
わかばの周りに集まっていたりなとりつに、りんは問いかけた。心なしか、若干不機嫌そうにわかばをにらみつけている。
「わかばのこれ邪魔だって話してたんだな」
「わかばしか無いのなんでだろうなって」
これ、と指さされた胸に思わず苦笑いをするわかばをりんはじっと見やった。
「あまりそいつに近づくな。それこそ、毒をばらまいて」
ふと、りんの表情が険しくなりじろっとわかばを睨みつけた。
「まさか俺たちと体が違うのが毒を撒いている原因か……?」
「え、えええっ! 違いますよ! ていうか何ですか毒って?」
「考えすぎだと思うにゃー。別に何も音しなかったし」
「……いや、でなければこいつのせいで――になる原因がわからないし……。やっぱり少し調べてみないと……」
「ひえ」
調べるという言葉にわかばの顔が引きつる。
「気にしすぎだにゃりんは……。ヌシを倒せたのだって、わかば君のおかげだし……今のところ問題ない、んだよね?」
「それは……そうだけど」
りんは不服そうではあったが、りつの言葉に一応は頷いた。
わかばは少し考えた。このまま、りんの中にわだかまりが残るのはあまり良いとは思えない。納得してもらう方が良いのではないだろうか。
「あの、りんさんが……調べて納得できるなら、僕は全然構わないので……」
わかばの提案にりんは少し考え、そうかと呟いた。
「なら、行くぞ」
「え、ここでも良いんでは……?」
「仮に毒をばらまかれたら兄さん達が危険にさらされるだろう」
「あ、なるほど……」
体を抱え上げられて、わかばはそのままりんに抱えられたまま乗り物の外に連れ出された。まるで荷物か何かのようだ。りんはわかばを見る事無くまっすぐ進み、とある廃墟の中に放り出された。
情けない声を上げて起き上がるわかばを、りんは不機嫌そうに見下ろし
「……とりあえずその……膨らんでるやつ? 取って見せろ」
「え、無理ですよ。体についているので」
「じゃあそれを見せろ」
若干いらついたような口調で言われてわかばはひえっと首をすくめ、少し躊躇ってから上着に手を掛けてまくり上げた。インナー越しでも胸の膨らみが体の一部である事は分かるはずである。りんは怪訝そうな表情を浮かべてわかばを見つめた。瞳の色がうっすら緑色を帯びて、何か浮き上がってくる事を期待するようにしばらく見つめていると、恐る恐るという手つきでわかばの胸に手を這わせた。
「ひっ……」
指先で触れたそれは自分とは違い、わずかに触れた面が少しへこみ、離すと元に戻った。このような動作をするのはりなたちが寝るのに使っている丸いものと似ているようだった。ぐにぐにと揉んでみるが目に見えて何か変化は見えなかった。
りくならこれの触感から何か気付く事も出来るのに。
りんはふと脳裏に浮かんだが、すぐに打ち消した。なんとなく、仮にりくがいたとしてもこれをりくにやらせるのは気が進まなかった。よくは分からないが。
「あの……もう、いいでしょうか」
わかばの声にりんははっと我に返り、わかばの顔に目を向ける。
「お、まえ……どうした……?」
ぎょっとしてりんはわかばから手を離した。膝から崩れ落ちるようにわかばは座りこみ、肩で息をしてりんにごめんなさいと呟いた。
顔は赤く、口元は唇を噛みしめていたのか傷が出来てうっすら赤いものがにじんでいる。目尻の涙にさすがに罪悪感を感じ、あたふたとわかばの目の涙を不器用に指先で拭った。
加減することが出来ないりんの力で拭われ、わかばの目元が赤く色づき、りんは更に狼狽えた。
わかばは思わずふっと笑みを浮かべ
「りんさんでも慌てる事あるんですね。済みません、もう大丈夫です」
答えてわかばは立ち上がった。
「ちょっとあの……体の奥が熱くなると言うかズキズキして、頭が真っ白になってしまって……」
「それは……」
りんは思わず自分の持つ葉に触れた。少なくとも今はそこまで毒が回っているような気配は無い。不思議に思ってわかばを見やると彼女は首をかしげて
「あの、りんさん。もう調べるのは、良いですよね……?」
「え、あ、いや」
りんは少し考え首を振った。
「今日はとりあえず良いが……どうなるか分からないからまた調べる」
「そ、そんなー……」
がくりと肩を落とすわかばを再びひょいと抱え上げ、りんはりつ達の元に帰るために歩き始めた。

「一応異常はなさそうだな」
唐突にりんがつぶやき、わかばは思わずびくっと我に返った。
「どうした?」
「え? あ、えーっと何でも無いです!」
わかばは手を振り慌てて立ち上がった。若干ふらつくものの、もたもたしているわけにも行かなかった。歩き出そうとするわかばを、りんはひょいと抱えあげて歩き出した。
「お前、その……これをされるのは、嫌か」
思いがけない言葉にわかばは数回瞬きしてりんを見返したが、抱えられている状態ではりんの顔はよく見えない。そもそも顔をこちらに向けてくれることがあまりないが。
「いやというか……りんさんにとって大事なことなら仕方が無いことなので……」
「……そうか」
一瞬何とも言えない不思議な表情を浮かべてこちらをちらりと見たりんに、わかばは何か言おうと考えたが、
『二人とも、まだかかりそうにゃ?』
遅い二人を心配してりつがミドリの根を使って様子を確認してきた。耳がりんの方に向いてパタパタと動いている。
「いや、すぐ戻る」
根に触れてりんが報告するとわかったにゃーとりつの耳がすうっとまた移動していった。
「りんさん?」
「……この先はもっと危険になるから、あまり離れるな」
「え……あ、はい」
思いかけない事を言われてわかばは一瞬虚を突かれてわかばは思わずきょとんとりんを見やった。相変わらず表情はよく見えなかったが、どうやらそこまで嫌われていないのかもしれない。
もし少しでも、嫌われていないのであれば嬉しいのだが。

わかばはひんやりとしてきた空気に無意識に腕をさすっていた。
船の中も広かったが、外に広がる世界は更に広く、どこか静かだった。
赤い木の機能を停止させてから、りつとりなとともに外に出た一行は、しばらく周囲を観察してから湖の側にいったん落ち着くことにした。
七島でもほっとした時間を過ごせたが、あのときとは違いもう赤い木も存在しない。
これからどうしようとかと輪になって考えながら四人はその日の残りを過ごした。何しろ水がなくなる心配も無く、広い世界にはりつが聞こえる範囲で夜になり、三人が眠り始めると、わかばは彼らを見守りながら残っていたケムリクサを弄りながら、これからのことを考えていた。
ふわりと風が吹き、わかばは思わずくしゃみをした。
思いの外寒い。
わかばは触っていたケムリクサを横に置いて膝を抱えて小さくなった。外に出てすぐは、はしゃいであちこち走り回っていたりつやりな達も、水をたっぷり取って落ち着いたのか、寝返りも打たないほど眠りこけていた。あれだけ大変だったにも関わらず、わかばはそこまで眠いと言うことは無く、ぼんやりと座り込んで夜の外の世界を眺めていた。
「……おい、寝ないのか」
いつの間にか起きたのか、りんがわかばの側に座り、問いかけた。
「はい、りんさんこそ、まだ暗いですよ。もう少し休んだ方が」
「もう十分休んだ。水もあんなに取ったからか調子も良いし」
キイロのほのかな光に照らされたりんの表情は、穏やかで眉間にいつも出来ていた皺も無くなっている。
こんな顔だったんだ――
わかばはまじまじと見つめそうになり、さすがに失礼かと考えてすっと視線を外した。
「……その、お前と少し……話をしたいと思って」
いいか、と聞かれてわかばはもちろんと頷いた。
りつやりな達が眠っている場所から少しばかり離れた場所で並んで座り、そのまま沈黙が降りた。
話したいと言われたものの、わかばは何を話せば良いか考えを巡らせたが良い物が浮かんでこなかった。いやそもそも、あの崖で言われたことを思い出して、わかばはまっすぐにりんの顔が見る事が出来なかった。
好きだと言われてしまった。今まで見たことが無い笑顔で。
りんも話をしようと言ったきり、何か考えているのか言ってこない。

ふと、ふわりと風が吹いて、わかばはくしゃみをして腕をさすった。
「? どうした」
「いや、ちょっと寒いかなって……」
「寒い……?」
りんは寒い、という言葉を口の中で呟いて少し考え、
「ちょっと待て」
りんはわかばを抱えて、後ろから抱きかかえるようにして腕を回してきた。思わず、いつもの調査かと思って反射的に身を固くしたが、しばらくしても特に何もされない。
じんわりとりんの体から熱が伝わって、わかばは思わずほうっと息をついた。
「これは……いや、か?」
「え? ええっと、そうじゃなくて……あの調査、するのかと思ったもので」
「……ああ」
りんはなるほどと頷いて寒さで鳥肌が立っているわかばの腕をできる限り優しく不器用にさすった。
「あのとき」
「はい?」
りんがぼそっと呟いた声にわかばは首をかしげて後ろのりんを見やった。
「その、調べたときに……体が熱いと言っていたが……」
「え、あ……、はい……まあ」
「今は何も無いのか」
問いに、わかばは黙り込んだ。なんと言えば良いだろうか。
「……えーっと」
わかばは視線を彷徨わせて何か言うことは無いか考えた。そしてふと、暗がりにキイロ以外に光る物に気付いてりんの方に体を向けた。
「あ、りんさんの本体の葉……」
「ああ」
無造作に体から出してわかばに見せたりんに、わかばは思わず目を見張った。本体の葉が生命線の彼らにとって、それを自分に安易に見せると言うことがどういうものか。
わかばは恭しくりんが持っている葉にそっと指を這わせてみた。マゼンダ色の光が更に強く光り、わかばはほうっとうっとりと息を吐いた。
「……本当に好きだな」
「綺麗ですから……、それにこうして間近で見せてもらえるというのが、何というか……」
わかばの言葉にりんは、曖昧に頷いて少し考え込んだ。
「……お前なら、多分出来ると思うんだが……」
「はい?」
「いや、記憶の葉の事で思い出したというか……記憶の葉も私たちの葉もりりから抽出された物だ」
「はい」
「記憶の葉が操作できるなら、この葉も操作できるのかと……」
「ああ、なるほど! それは確かにそうですね! ありえそうです」
「私ではあまり正確な操作はできないから……試せないか」
「……い、良いんですか!?」
「……ああ」
りんは少し照れたような表情を見せて葉を体に戻した。わかばは目を輝かせてりんの体に向き直り、腹部をぐっと押した。
記憶の葉と同様、ふわりと操作パネルのような表示が浮かび、わかばはうわあっと歓声を上げた。
「うっ……」
ぞくりと何か得体の知れない感覚が走り、りんは思わず呻いた。
「ああ、済みませんりんさん……大丈夫ですか?」
りんの様子に気付いたわかばは、思わず手を離してりんを見つめた。
「あ、ああ。何というか、りくが言っていたような感覚? があったような」
「肉体的な記憶が本体の葉に記憶されているのかもしれないですね……興味深い……と言うことは、りんさんの葉を起動したら何らかの感覚が戻るかもしれないですね」
興奮してやや早口でまくし立てながら、わかばは再度りんの腹に指を這わせてパネルを操作してみた。何度か弄ったところで、かちっと成功した音が響いて葉が勢いよく回転しだした。
「ど、どうですかりんさん? 何か変化は」
目が輝いてわくわくとした表情でりんに前のめりに問いかけるわかばに
「いや、何というか……これは」
りんはよりクリアに聞こえてきたわかばの声や、周りの草のにおいに圧倒されて思わず頭を押さえた。
「音や匂いが分かる……」
「ほ、ホントですか? すごいなあ」
「お前の声がやけによく聞こえるし、それにこれは……」
「へ?」
わかばの首元に顔を埋めて抱きかかえるとりんは大きく息を吸い込んだ。
「何か……懐かしいような……匂いがする、お前から」
「ああ、りりさんの記憶……とかからですかね。僕の元の……誰か? に絡んだ記憶で」
「さあ……まあ、どうでも良い」
りんはグローブを口で外してその辺に放ると、わかばの体に手を這わせた。
「うへぁ、り、りんさん、あの……」
「手で触れるというのはこういう事か」
わかばの髪や頬、唇に触れてりんはほうっと息を吐いて呟いた。
「肌に直接触って良いか」
覗き込むようにわかばを見つめるりんの表情にわかばは狼狽えた。今までは目を合わせてくれることもそんなに無かったのに、何か……体に穴でも開きそうだ。しかも、何故だろうか。見られている間に体は熱くなってきて、鼓動が早くなってきた。
「えーと……」
わかばは一呼吸分考え込んでから、こくこくと頷いた。
思いの外、優しい手つきでりんの手が服の下のわかばの肌に触れて、わかばはこそばゆさから笑い声のような喘ぎのような声を上げた。
「り、りんさん、ちょっとくすぐった……ひっ」
りんの指先がわかばの胸まで這い上がって思わずわかばは悲鳴を上げ、びくっと体を震わせた。
りんは柔らかな感触に少し瞬きしてわかばを見やった。
「ど、どうかしました?」
「なんて言うか、感触が……」
わかばの腕や体と自分の体を見比べ、触れてりんは首をかしげた。
「りくが言っていた、柔らかいというのはこういう事なのかと」
以前のような調査と違い、指先で皮膚のさわり心地や、自分とは違う柔らかな感触を味わうようにりんの指が這い、わかばはすがりつくようにりんの服を握り混んだ。
「……悪い、その……大丈夫か」
肩で息をするわかばにりんは、心配になったのか手を止めてわかばの顔を見つめた。
「あ、だ、大丈夫ですので……どーんと、りんさんが満足するまでやっちゃってください」
わかばの言葉にりんは、わかったと頷いてわかばを地面にゆっくりと横にし、わかばの体の上に覆い被さった。
りんは、どうした事か体が動いてこの後する事をぼんやりと把握しているような気分になった。わかばに聞いてみればもう少し細かい事が分かるのだろうが、感覚的に時間があまりない事をりんは察した。
わかばの服に手をかけ上まであげ、改めて調査で触れていた膨らみをりんは見つめた。記憶の葉で見えた映像以外にも、りりが持っていた知識の一部はどうやらりんの知識として記録されたのか、りんとわかばのその体の違いが性別による物である事は理解していた。手で、これまでとは違いできるだけ優しく触れると、柔らかな肌と弾力のある肉の感触が返ってきた。わかばの呼吸が荒くなってきて、りんは思わず問いかけた。
「今は、どんな感じだ? 熱い、のか? ズキズキするとか?」
「あ、熱い……です。あの……ここが……」
わかばの手が下腹部を指し、困惑したような顔でりんを見上げた。
「何でなのかが、分からなくて」
「どこら辺だ」
りんは少し躊躇うようにわかばの服の上から、漠然とここ、と指された場所へ手を這わせた。
わかばはかなり迷ったような様子で
「その……どう言えば良いか……」
「?」
わかばはそろりと足を開いて、足の間を指差した。
「見ても平気か」
「……はい……」
わかばは自分で服に手を掛けて膝までおろした。夜気と地面の草に素肌が触れて皮膚が粟立ち、わかばは大きく息を吸った。
りんは内股に手を掛けてわかばの体を開き、指差した場所を見つめた。性別の差が顕著に出るというそこにどうすれば良いのか。知識が朧気で漠然しているりんは少し考え。
兄が言っていた言葉に従う事にした。
「あの、りんさん……?」
足を開いた状態はさすがに恥ずかしいのかわかばはもう良いですかと問いかけた。
「ちょっとまて」
りんは言いながらわかばの体の中心に指を差し入れ、ゆっくりと入り口付近の内側をなぞった。
「え? ……あっ!」
わかばは未知の感触に思わず声を上げ、体を引こうと手をばたつかせた。
「り、りんさん、な、何を」
「いや、りくがよく突っ込んでみないと分からないと」
「こ、ここでっ?」
「間違ってなかったと思うんだが」
りんの指先が襞をなぞるように動き、わかばはその刺激の強さに思わず声を上げ、筋肉が収縮してりんの指を強く締め付けた。
「あっ! ――ッんぅ……んっ!」
要領を得てきたのか、りんは指を動かして中をほぐすような動きで愛撫し、わかばは自分でも聞いた事が無いような声を上げていた。やがてわかばの体から力が抜け、ぐったりと手足を投げ出すと、りんは指を抜いてわかばを見つめた。ベルトを外して、
「わかば、その……痛いかったら言ってくれ」
なるべく努力はするから、と耳元で囁かれ、わかばは霞む頭でどういう事だろう、と思いながらも頷いた。一瞬、かなり切羽詰まったような顔だったがりんの顔に笑みが浮かび、わかばは呆けたようにりんを見上げた。
「いっ……あっ!?」
直後に、りんの体がわかばの体にゆっくりと、確実に押し入ってきた。わかばは異物感と、自分の体に突き立てられたりんの昂りに目を見張った。
「ぁ……りんさ……」
わかばの体の中でゆっくりとりんが動き、感じたことの無いゾクゾクとした感覚に襲われたわかばは、思わず声を上げた。どこから出たのか分からない艶を増した声を、自分の物と気付いてわかばは顔を手で覆った。
「わかば……好き」
奥まで貫くように動くたび、りんはわかばの耳に好きと囁き、わかばは蕩けた頭でそれに答えた。
「僕も……好き……りんさ……あぁ!」
わかばの体が一際大きく震え、悲鳴のような声を上げてがくっと体から力が抜けた。りんはふと何かに気付いて、まずいと思わず呟いた。
「わかば……ちょっと……」
「あ……ん……」
陶酔して蕩けた顔をしたわかばをりんは何度か呼び、切羽詰まった声でわかばの手を取って自分の葉に触れさせた。
「わかば……葉が……もう一度起動出来ないか?」
「……葉……?」
わかばはたどたどしく指先でりんの本体の葉に触れて、何度かし損じたがどうにか葉を起動させた。再びわかばの熱を感じ取れるようになり、ほっと息を吐いた。
りんは再び、今度は気が急いて少し強く腰を動かした。
わかばの体が跳ね、強い刺激に思わずすすり泣くような喘ぎを上げた。体が触れる音と水音のような湿った音が響き、わかばは再び押し寄せてきた快楽に身を委ねて体を張り詰めさせ、声を上げた。
ため息ともつかないような声を吐き、りんはわかばの中に熱い飛沫を注ぎこんでいた。

どのくらいその場で寝転がっていたかをぼんやりと考えながら、わかばは夜空を見上げた。
船の中には無かった無数の光を見つめていると、橫に寝ていたりんが身じろぎして起き上がった。
「……平気か」
「はい」
見上げるりんの、本体の葉はいつもと同じように体の中でほのかに光り、回転は止まっていた。
「もう感覚は……?」
重い体をどうにか動かして、わかばは起き上がった。
「ああ、いつも通り」
寒さもさっきみたいには感じないなと、りんはわかばにジャケットを着せながら答えた。
「これも、ですか?」
りんの頬に触れて問いかけるわかばに、りんはそうだなと頷いて、わかばの手を取った。
「少し、残念ですね」
「葉を起動させればいいから、別に問題は無い、かな」
「じゃあ、また起動させましょうか?」
わかばはりんの体に触れて問いかけたが、りんはいや、と首を振った。
「もうすぐ明るくなるみたいだから……良い」
「? え、明るさ……?」
何故? と首をかしげるわかばにりんは思わず赤面して顔を背けた。
「その……感覚があるとつい、色々と……」
「あ、あー……。えっと」
わかばもりんが何を言いたいのか気付いたのか、慌てて整えた服を指先で握りこみながら赤面した。
「暗くなったら、頼めるか」
りんの言葉にわかばはかなりたってから頷いた。

 

躑躅屋敷の女達 第二集

白露の折 本邸

夏の暑さも落ち着いて、日の光が夏の勢いある色から、徐々におとなしい秋の色が映えるようになってきた頃だった。
よく晴れた日で、窓を開け放って秋のからりとした丁度良い心地の風を入れながら、姉妹達は居間で寛いでいた。
「ねえ、りん。いつになったらそれ止める?」
「それって?」
はっとりんの動きが止まってりょくを振り返った。
「あきれた。気付いてなかったの」
りょくははあっと息を吐いてりんを指さした。
「さっきからカレンダーの前うろついてて鬱陶しいじゃん! なんなの一体?」
「ご、ごめん」
ソファに座ってみたものの、やはり落ち着かないのか手近にあるクッションを手に取ってぼんやりと触るりんに、りつはお茶を入れて苦笑した。
「にゃー……、りんったらいい加減覚悟決めたら?」
「な、何のこと?」
「わかば君と会うんでしょ? 行きたいと思ったときが吉日にゃ」
りつの言葉にりょくが思わず納得したように頷いた。
「ああ、なーるほど。また考え込んでたんだ……。もう、悩む暇があったらさっさと行けば良いじゃん」
「そ、そうは言うが……邪魔をしてしまうかもしれないし……それにあっちは忘れてるかもしれないし」
丸いクッションが円筒形になるほど潰しながらりんはブツブツ呟いた。
「忘れてたら頭叩いてでも思い出させれば良いでしょ」
過激な妹の発言にりんは少し咎めるような表情になり、りょくはふんと向こうへ顔を逸らした。
「幸いここのところ天気も良いみたいだし、明日辺り試しに行ってみたら?」
何事も、動かなければ何の意味も無いでしょ? と指摘され、りんは思わず俯いた。そしてカレンダーを見つめ、やがて頷いた。
「そうする」
りんはりょくとりつに礼を言って部屋に戻っていった。
「……全く……考えすぎなんだよりんは」
「まあ、昔からあの子はそんな感じだったから……」
ティーカップを傾けて考え込みながらりつは呟く。りょくはそうやって甘いから、とりつを睨む。
「そうは言うけど、りょくちゃん本当にりんの事心配なんだにゃー。しょっちゅうたきつけてるし」
「そんなんじゃないってば」
りょくは顔を赤くして幾分乱暴に足音を立てて広間から出て行った。入れ替わりで部屋に入ってきたりなは首をかしげながらりつへ目を向け
「どうかしたのな?」
「んー、りんちゃんの事でねー」
「なー……りんちゃんまだもじもじしてたのな?」
「本当にみんなよく見てるのにゃ」
りつはりなの分のカップを棚から出しながら思わず呟いた。

翌日りんはわかばが働いているという大学へ来ていた。車を用意するとりょうから言われたがりんは断り、電車とバスをどうにか使って学校の前まで来た。慣れない物を使ったためか道を間違えたり切符をなくしたと思って探したりと冷や汗をかいたが、ようやっとたどり着いたと息を吐いた。
辺りは森が広がり、時折鳥の声がする程度で静かな物だった。りんは出入り口はどこだろうと赤煉瓦の門の橫を歩き、下り坂の途中に見かけた守衛の立っている門の前に立つと、守衛が珍しげにりんを見つめてから頭を下げた。
「こちらはこの研究室があるところで間違いないだろうか」
問いかけてわかばが渡した名刺を守衛に見せると、彼は訝しげに名刺を手に取って裏返し、はい、と頷いた。
「ああ、そうです。丁度……」
守衛は手を伸ばして門の向こうにある建物のに一つの窓を漠然と手で指した。
「あの辺りがそうです」
「あの……」
りんは言われた場所に目を向けて、窓に寄りかかっている人物に気付いた。確か軽井沢でわかばと一緒に居た先輩のように見える。りんは守衛に礼を言って中に入ろうとすると、偶々外に目を向けた彼と目が合った。わかばの先輩はにこやかに手を振り、部屋の中に顔を向けた。どうやら中の誰かに声をかけているらしい。
「りんさん?」
ガタンとかなり大きな音と声が構内に響いてりんは思わず周りを見渡した。窓から身を乗り出したわかばは、相当に驚いた様子で、りんの姿を見つめすぐに奥に引っ込んだ。
「ああ、ここで待っていた方が良さそうですよ」
のんびりと守衛が椅子を出しながらりんに言った。しかし、同じ研究室か違う所かは不明だがわかばの声と様子に物見高い見物人が部屋の奥からわらわらと顔を出してきていた。
一度外に出た方が良いだろうか……
恥ずかしいという事もあり、りんは少し考えたが、転がるようにわかばが外に飛び出してきたので踏みとどまった。
「り、りんさん、あの……す、すみませんちょっと」
肩で息をするわかばに、りんは思わず
「いや、すまない……いきなり迷惑だったみたいで」
りんはわかばの様子を見つめて呟いた。以前会ったときと同じようにくしゃくしゃの髪に、軽井沢ではきっちりとしたシャツとベストを着ていたが、今は草臥れたようなシャツに、とりあえずその辺にかけていた羽織るものを引っかけてきたような状態だった。気のせいか若干やつれているように見える。
「あ、全然迷惑じゃないです!丁度一段落してたんで……ただちょっとびっくりして研究室の中の物ひっくり返しただけです」
「それは……」
大丈夫なのか? と思わず言いかけたが、わかばは気にする様子もなく
「それで、今日は見学ですか?」
「あ、いや、その……」
りんは言葉に困り、どうしたものかと視線を彷徨わせた。
「その……少し、会えないだろうかと……思って」
言葉通りの意味で言ったのだろうりんの発言に、わかばは、思わずはっと気の抜けたような声を上げてあたふたと周りに目を向けた。
「あ、えっと……そ、そうなんですか……。あー……」
わかばはとりあえず、と門の外を指差して
「それでしたら、ちょっと外出ましょうか。ここ、あの……色々面倒なんで」
「? そうか」
足早に外に出ようとするわかばに促されて、りんは赤煉瓦の校門を出た。わかばは後ろにチラリと目をやり、窓から一人楽しそうに眺めている先輩と、他の研究室の窓から落ちそうな勢いで身を乗り出して様子をうかがっている野次馬から逃げるように坂を下る道を先導した。
――今日はもう研究室戻れないな
わかばはふっと少しため息をついた。

わかばにつれられてりんが来たのは最近流行っているという珈琲店だった。
「こういう所、大丈夫ですか?」
「別に平気だが……」
入ったことはないと、少しばかり興味深げに店構えを見つめているりんに、わかばは意外そうな表情を浮かべた。
「銀座よく行かれるのでは? あそこらへんは多いですよね」
「一応りょうの買い物の付き合いで偶に行くが……こういう所は行かないし、りょうも忙しいからあまりゆっくりしないな」
「ああ、まあ。お忙しそうですよね」
ドアを開けるとチャイムが鳴り、給仕の若い女の高い声が「いらっしゃいませ」と応答した。
「あら、わかば君。今日はどうしたの」
どうやら見知った顔らしく、わかばの顔を見て給仕の一人が声をかけた。その視線が値踏みするようにりんの方に向き、りんはわずかに表情を固くした。わかばはそのような視線のやりとりには気付いていないのか、にこやかな表情で
「ちょっと色々。珈琲二つで」
「ふーん……、ゆっくりしてってね」
にこりと営業用の笑顔を浮かべて給仕はりんに答え、わかばの肩に軽く触れて去って行った。わかばは奥にある二人席にりんを促して向かい合うようにして席に着いた。
「よく来るのか?」
「ええ、まあ。先輩や研究室の人と。僕あんまりこういう、食べ物のお店とか詳しくないので」
わかばはあちこちのポケットを探ってタバコを出して口にくわえようとして、ふと気付いてそのまま元に戻した。
「失礼、タバコとか駄目ですよね」
「いや、別に気にしない。りょうも時々吸うことがあるし」
「そうですか、それじゃ失礼して」
わかばはタバコをくわえて慣れたように紙マッチを擦ってタバコに火をつけ、ふうっと息を吐いた。ふわりと紫煙と、独特の匂いが漂い、店の中の珈琲の匂いと混ざり合った。
りんはタバコを吸うわかばを思わず見つめた。正直な所どこか少年のような雰囲気を持ったこの青年がタバコを吸う様はどこかちぐはぐなようで、しかし、どこか惹かれる物があった。
「どうかしました?」
首をかしげて問いかけるわかばに、りんは思わずいや、と首を振って咳払いをして誤魔化した。
「……軽井沢の時もそうだが、よく、その、あちこち行ったりするのか?」
「ええ、あちこちの植物の標本を採ったりとか……山登りは正直苦手なんですけどねー」
わかばは軽い調子で笑って答えた。
「珈琲二つ、お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
給仕が珈琲を二つ運んできて二人の前にそれぞれ置いて、礼をした。ふと、彼女はりんに目をやって
「あのー……もしかして、雑誌に出ていたお嬢さんじゃないですか?」
「雑誌?」
わかばはきょとんと給仕の方に目を向け、りんは一瞬目を瞬かせてからううっと呻いた。
「やっぱり、ほらこれ」
出された雑誌は店に置いてある物で「主婦の華」というタイトルで女の一枚絵が描かれた表紙の物だった。パラパラとページをめくった先には、朗らかな表情で椅子に足を組んで座るりょうと、その横に立つりんの姿の写真が写っていた。
「わー、本当だ。凄いですね」
「いや、それは……あの……」
困惑と恥ずかしさからか狼狽えるりんに、わかばは立ち上がって給仕を向こうに下がらせた。
「有名人なんだから、折角なら何か記念になる物貰えないかしら、わかば君何とかならない?」
給仕の女はわかばの腕に手をやり問いかけるが、わかばは首を振り
「なりませんよ。あまり困らせないでください」
「あら、冷たい。まあお金持ちのお嬢さんと仲良くなる機会だものねぇ」
「はい?」
わかばの表情に給仕はあら、と首をかしげて
「あきれた。本当に朴念仁なのねえ」
幾分荒い足取りで奥に引っ込んだ給仕の背中を見やって、わかばは肩をすくめて席に戻った。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ」
りんは持っていたバッグからハンカチを出して軽く汗を拭い、
「だから嫌だったんだ……あんなものは」
「……まあ、でも、人によっては羨ましいでしょうけど」
「元々は姉の……りょうの取材に来ていたんだ。私はあくまでも……添え物というか、ついでだ」
珈琲を口に含んで、りんはうっと顔をしかめた。
「砂糖、入れた方が良いですよ。ここの結構苦いので」
わかばは自分のカップに一つ角砂糖を入れてかき回しながら、りんの方に砂糖の壺を渡した。
「ついでというのは?」
「……そのままだ。りょうは何しろ会社経営者だからな。あんな風な取材とかの依頼が結構来るんだ。実際身内の私から見ても凄いと思うのだから、興味を持つ者が居るのは分かる」
砂糖を入れて少しずつ味を見ながら、りんは言葉を続けた。
「私には、特に何も無いからな。他の姉妹達は、父がいつもしたい事をさせてやろうと、興味のある事に色々やらせていた。りょうは武道や、それこそ経営について面白がっていたから少し教えていたようだし、りくは刺繍の職人への弟子入り、庭木や植物に一番関心があった姉さんや、妹たちにもそれぞれやりたい事がある」
りんは、スプーンで珈琲をかき混ぜながらぼんやりとカップを見つめた。
――本当に、自分は何も無い。
取材に来ていた雑誌の担当者達から浴びせられた質問にも満足に答えられなかった。今の趣味は何か、何をして時間を使っているか、姉のように何かなす予定はあるのか……。
わかばはすうっとタバコを吸いながら天井に向けてふっと息を吐いた。
「なるほど……。でも……ここの店に入るときとかちょっと楽しそうでしたよね。りんさん。軽井沢の時も」
「あれは……ちょっといつもと違う事をしていたから……」
「今日の、ご自分で研究室まで来た事も?」
「まあ」
わかばはなるほどと少し考え込んでから
「そうですね……、思いつかないのであれば、これから新しい物を見たり、行ってみたりしてみるのはどうでしょう? いずれそこから何か気づける事もあるんじゃないでしょうか」
わかばは言いながら、珈琲のおかわりを通りかかった給仕に注文した。
「遅すぎないか、今からなんて」
「そんな事無いですよ。いつでも思い立ったときが始め時ですよ。僕の研究室の教授なんかはそれで色々あちこちの人と会ったりしてますし」
二杯目の珈琲がわかばの前に置かれ、わかばはそれをそのまま飲み、息をついた。
「しかし、急に言われても思いつかないな」
りんは首をひねりながら呟き
「うーん……僕も結構偏ってるので……ああ、そういえば」
わかばはポケットから手帳を取り出して、
「今度、世界的に有名な学者さんの講演があるんですよ。僕も専門外で全く分からない分野で……言ってしまうとりんさんと同じ新しい世界ですね。あ、でもその……苦手と言う事でしたら無理にとは……」
わかばは小さく折りたたんだチラシのような物をりんに恐る恐る差し出した。チラシには聞いた事の無い外国の博士の名前とぼけた白黒写真が写っている。
「なぜ、この写真はこんな表情なんだ?」
「さあ、ちょっと変わった先生だそうで……この相対性理論というのが凄い発見なんですよ。僕も今講演に向けて本とか読んでいるんですけど、これが難しくてさっぱりで」
ニコニコと嬉しそうに語るわかばに、りんは幾分気が軽くなってきて表情を緩めた。
「難しいのに嬉しいのか」
「ええ、知らない物というのがまだ一杯で。楽しいです」
「そう……」
りんはチラシを見て考え込みながら
「いつ、やるんだ?」
「十月です。場所はあの帝大の大講堂でやるんです」
「そうか、その頃は多分落ち着いている頃だから大丈夫だと思う」
「本当ですか?」
わかばは少しはしゃいだような表情で手帳にメモして
「それじゃ、迎えに行きますよ。おうちはどこでしたっけ」
りんは自宅の住所を伝えて
「躑躅の木がたくさんある家だから多分見ればすぐ分かると思う」
「躑躅……」
わかばは少し考え込んで、何かに気付いたような表情を一瞬浮かべたが、すぐに元に戻し
「分かりました。多分大丈夫です。もし聞きたい事があればこの電話番号に電話してください。先輩か僕か……誰かしら研究室で寝泊まりしてるんで」
りんは手帳の切れ端を受け取って、バッグの中にしまった。
「仕事は忙しいのか……?」
「ええ、まあ……楽しいんですけど、つい熱が入るみたいで気がつくと床で寝てたりとかしちゃうんですよねー」
あははと軽く言うわかばにりんはあきれたような顔で見つめた。

「へえ、なるほどねえ」
晩酌をしながらりょうはりんの話に耳を傾け、話し終わったりんを見つめた。相変わらず表情の読めない、飄々とした顔である。その実、声にわずかに面白がっているような雰囲気を感じて、りんは少し待った。
部屋は大分肌寒くなってきており、りんは部屋着用にした縮緬の黒地に絞り染めの花が描かれた羽織に、セーターとチェックのスカート、少し寒いので厚手の靴下に、父が外国で買ってきたモカシンを履いていた。
それでも少し寒く、温かいお茶の器で手を温めながら、りょうを見やった。
父が気に入っていた濃い色の結城を男のように着付けて楽にしているりょうは、吸わないシガーホルダーを回しながら
「私もその……何とかって有名な人が来ているってのは会社でも聞いたけど。面白そうだし、楽しんで来なよ」
「……りょうは、その、調べたりしたんだよね。わかば、の事」
わかばの名前を言い慣れないのか不明瞭なりんの言葉にも、りょうは頷いて
「ん? まあそこそこね。聞きたい?」
「いや……いい」
「そっか、うん。その方が良いと思うよ」
りょうは笑みを浮かべてグラスの酒を飲んだ。
「それにしてもりょくが聞いたらまた煩そうだねぇ」
りんはため息をついて
「まあ、そういうの好きだからな。ただどちらにしろ平日だからあの子は学校だ」
「そういやそうか。勝手についてく! って言いそうだけどね」
「ありえそうだから止めてくれ……」
りんはうめき声を上げて頭に手を当てた。りょうはにこにこ笑顔のまま
「あはは、ごめんごめん。さてと、じゃあ私また早いから先に寝るわ」
「ああ、その……無理はしないで」
「してないよ。まあ、元々ちょっと興味あったからさ、ついね。色々やっちゃうんだわ」
「ああ、彼も似たような事を言っていた。楽しいから……倒れるまで作業をしてしまうと」
りょうはなるほどねえと頷いて
「好きな事しているとつい時間忘れるわなぁ。……ああ、最近体動かしてないからそっちもちょっとやりたいし……やりたい事一杯で困るわ」
「まったく……無理はしないでよ」
りんはしようのないという顔でりょうに言った。

霜降の頃 本邸

「困ったな」
バタバタと日常を過ごしているうち、気付けば予定まで数日という段階になって、りんはクローゼットの中やタンスの中を開けて引っ張り出して何を着ていくか、頭を悩ましていた。
まず、派手な物は駄目だろう。そもそも講演というのがどういう物なのかよく分からない。
洋服や着物を広げて考え込んでいると、りょくが部屋に入ってきた。
「うわ、何これ……どうしたの」
「ああ、いや」
りんはどう言えば良いのか悩み、少し言い淀んだ。
「あの学者と一緒に出かけるのは知ってるから」
「いや、あの……りょく」
「別にいいんだから。大人になって自分で行けば良いし……別に気にしてないし……」
恨みがましい目で言われてもあまり説得力は無い。
「りょく、その、一緒に」
「行・か・な・い! 駄目じゃんそこは二人で行かないと」
「……え、あ、うん」
りょくはりんが引っ張り出してきていた服を眺めてむっと眉間に皺を寄せた。
「これじゃ地味じゃん」
「いや、でも派手なのは……あ、ああ……」
りんはバタバタと歩く音に気付いて頭を抱えた。程なくしてりなとりくが何を聞きつけたのか、りんの部屋を覗き込んできた。
「お、やってるやってる!」
「りんねぇね、ほら、りなの帯揚げとか、持ってきたよ!」
「あ、ありがとう……」
「ほら、さっき仕上げた半襟もあるぜ。どうよこの柄! 可愛いだろ?」
「り、りく……あの、他の人の依頼分は?」
「ちょっと休憩しただけだからいいのいいの、まだ時間あるし」
「りん、ちょっと下の衣装部屋から色々持ってきたにゃ!」
恐らくりつがバタバタと衣装部屋を漁っていたから気付いたのだろう。りんはわいわいと自分の部屋でああでもないこうでもないと服を並べて議論する姉妹達を少し遠くから眺めて立っていた。収拾がつく気がしない。
「やっぱり、秋だしこういう柄とか……」
「うーんでもそれとこれだとちょっと合わないんじゃ無いかナ」
「ちょっと地味すぎじゃね?」
「そうは言うけど講演会だからあまり派手なのも浮きそうだし……色を抑えてみるのは?」
「うーん……それだったら時期的に羽織とかで……」
「あの……みんな」
りんが収拾させるために声を上げると、四人が顔を上げた。
「あ、りんちゃん。どっちが良いと思う?」
りつが出してきたのはこっくりとした紫地に似た系統の赤や灰色が使われた縞柄で、所々蔦模様が描かれていた変わった物だった。母がりんのためにと取っておいた反物からつい最近仕立てた物だった。もう一つは青地に花が散った豪華な物だった。
「……えっと、紫」
「やっぱりそういうと思ったにゃ」
「そしたら、この襟と……あと帯はどれが良い? うちら的にはこの辺が良いと思う。羽織り着たら見えないだろ」
りくが出してきたのは当世風の洋花の太鼓柄の黒繻子の帯で、他に白繻子地に楓が刺繍された帯と臙脂色に手書き友禅の芒が描かれた帯が並べられていた。
「色的には黒いやつの方がりん的には落ち着くかなとは思う。太鼓の部分見えないなら少しここら辺派手でも良いんじゃ無い?」
りょくの言葉にりんは確かにそうだなと頷いた。
「羽織はよく着ているこれなら、地味すぎないし丁度良いんじゃ無い?」
りつは薄紅色に蛍ぼかしの入ったこの頃だと地味な羽織を出してきた。
「ああ、これなら良い感じだな」
りくは言いながら頷いてから、少し考え込み
「……でもなあ、袖とかなんか寂しくね? ここら辺にちょっとこう……模様とか刺繍したらよくね?」
「自分で仕事増やすなアホ姉」
りょくに一喝されてりくはちぇっと口をとがらせた。
「りくちゃん、また作品展に応募するんでしょ? 結構依頼も入って居るみたいだし……」
「まあそうだけど……。じゃ、そのうちやってからよ、りん」
「無理しちゃ駄目だよ。また指痛くなったら元も子もなくなるよ」
りんはため息をつき、姉妹達は肩をすくめた。
「そうそう、りょうちゃんがあまり羽目は外さないようにね、だってにゃ」
りんははあ、と曖昧に頷き、りくは可笑しそうにニヤニヤ笑っていた。

家の前に止まった車にりんは首をかしげた。そして、中から出てきた人物を見て一瞬固まり、慌てて玄関に向かった。
チャイムの音が鳴り、りんがドアを開けるとわかばがおはようございますと頭を下げた。
パタパタと音に気付いてりつが奥から出てきて、わかばを見て声を上げた。
「わかば君、珍しい恰好にゃね」
「あはは、そう見えますか」
少し照れたように頬を掻いたわかばは、袖を指先ですっと押さえて後ろに振りを払った。ひわ色――少し暗めの緑色に網代模様が織りで描かれたかなり値の張りそうな艶のあるお召しに、紬地に縞柄の袴を履いたわかばに、洋服姿を見慣れていたりんは思わず三度上から下まで見つめた。
「あの……りんさん。そんなに変ですか」
「ぅえっ……いや。ちょっとビックリしたというか」
わかばはまた軽く笑って
「ああ、何しろ外国からのお客様なので、こっちの方が喜ぶということらしくて……。父の物だから似合わないだろうとは思っていたんですけど」
「いや、あの……変じゃなくて……似合ってる」
りんの言葉にわかばは一瞬きょとんとした表情を浮かべて、やがてゆっくりと相好を崩した。
「ありがとうございます。そう言われると嬉しいですね」
「二人ともーそこでずっとそうしてるのー?」
りつの声にわかばはそうでしたと頭を掻いて
「それじゃあ、順調にいけば夕方にはお送りする事出来ると思いますので」
「よろしくお願いね、わかば君。まあ、あんまり急ぐ事も無いから楽しんできてニャー」
姉に見送られて、りんはわかばが乗ってきた車に乗り込んだ。
「この車は?」
運転席に乗ったわかばは、
「自分の、といえれば良いのですが。教授の物です。殆ど僕と先輩が運転してるんですけどね。今日はちょっとお借りしました」
あとで労働奉仕しろって言われてるんですよねと、さして困ったような風で無く言いながらわかばは車を動かした。
わかばは屋敷を出て躑躅の植え込みの橫を走らせながら
「それにしても、懐かしいな。数年前日本に帰ってきてから一度この近辺に来た事があるんですよ」
「そうなのか」
「はい、先輩と一緒にあっちの方にある山の調査で」
わかばの運転はりょうのそれとは違ってかなり慎重で、時折舗装の怪しい道でもそこまで身の危険を感じる事が無かった。性格の差なのだろうか。
「随分……運転上手いんだな」
りんは思わず褒めると、わかばは
「いやー……何しろ気難しい人を乗せますからねぇ。かくしゃくとしてますが、やっぱり年齢に伴ってあちこち痛いらしくて……。ちょっとでも揺れると尻が痛いとか膝が痛いとか……」
「そう、か」
「りんさんは運転とかは?」
「姉に勧められてはいるが……。姉が何しろ荒っぽい運転だから教えると言われても……」
「ああ、りょうさんは……中々……」
わかばは何かを察したのか思わず頷いて
「冬までは僕も結構暇なんで、僕で良ければ付き合いますよ」
「それは……良いのか。というか、りょうの事、知っているのか」
「え! あ、ああえっとっその……」
わかばは一瞬困ったような表情を浮かべてから、諦めたように
「いえ、すみません。実は少し前にばったりお会いしまして……その、その時にですね」
ちょっと送って貰ったんですよ、とわかばは小さな声で言った。思わず、りんはすまないと顔を手で覆った。
「い、生きてて良かった」
「いえ、あの……ちゃんと迷惑にならないよう普通は走っている感じでしたし……。ただあの……人が居ないというかそういう所だとちょっと運転が野性的というか、中々攻めますね」
かなり軟らかい表現を探しながら話すわかばは、しかし思わず顎の辺りの冷や汗を拭った。
「ああ、そろっと着きますよ。良かった、結構すんなりいけましたね」
わかばは学生達が行き交う道路を進ませながら、大学の構内に入る場所を探した。ようやっと見つけた車が通る事が出来る門に来ると、中に入って他にも数台止まっている駐車スペースとおぼしき場所に止めた。
「話には聞いていましたが、結構人が居ますね」
りんの乗っている席のドアを開けて手を差し出しながらわかばは言った。あちこちうろついている学生達はどうやらこの学校の学生以外にも居るようで、そぞろ歩いていた。
「早めについて良かった。下手したらこれ立ち見ですね」
わかばばは近くにあった案内板を見つめて場所を確認して頷いた。
「行きましょう。ここ、結構構内が広いので少し歩く必要があるんです」
「来た事あるのか」
「ええ、まあ。学会とかで」
わかばはあちこちきょろきょうろと見渡して
「ああ、あっちですね」
歩き出したわかばの後を追ってりんも石畳の道を歩き出した。

「はあ」
りんは頭が痛くなるのでは無いかと思いながら、目の前の珈琲をぐるぐるとかき回し続けた。
全編英語というのは分かっていた。言っては何だが女学校時代に英語の成績はかなり良かったので、喋っている言葉自体はある程度把握できた。ただ、話している内容はまるで分からなかったが。
「あんなに何も分からないのは初めてだ……」
「いやー僕も全然でした」
本当に嬉々とした表情で、わかばはタバコに火をつけた。
講演の会場からほど近い、大学の側の喫茶店で二人は座っていた。講演が終わって、車で帰るには人でごった返していた道を見てわかばは少し休憩しないかと、喫茶店で時間を潰す事を提案してきた。
疲れていたりんはありがたく了承して、珈琲の香りを嗅ぎながら座る事にした。似たような事を考えている人間は多いようで、あちこちで学生やその道の研究者と思われる人間達がぼそぼそと興奮した様子で喋る声が聞こえてきている。
「特殊相対性理論ならまあ何とかと言う所ですが、その先になると僕のような者にはさっぱりですねえ。博物学とはそもそも系統が違う。面白いなあ」
「……わかば、タバコの灰、落ちるぞ」
「っと、危ない危ない……」
火をつけたものの放置していた指先のタバコから灰が零れそうになり、わかばは慌てて灰皿を引き寄せた。灰を落として、ようやっと一服してふうっと息を吐いた。
「ありがとうございます。危うく袴に穴開ける所でした」
「はあ……分からないのにそんなに面白いのか」
よく分からないと首をかしげるりんに、わかばはそうですねえと、つられたように首をかしげて
「分からないと何でかなあとか、考える過程が楽しいというか……どうしてでしょうね。……あ、りんさん、ひょっとしてつまらなかった……でしょうか……?」
はたと気付いて、わかばは恐る恐るというような面持ちでりんを見つめた。
「いや、なんと言えば良いか……詰まらないという事無いんだけど……考えた事が無かった物を聞いて何だか不思議な気分というか」
わかばは、なるほどと頷いて
「なんだかいつもと同じ景色なのに居心地が悪いような……変な風に見えると言う事でしょうか」
りんは少し考えてから
「多分。あえて口に出そうとするならそんな風だろうか」
「そういうのは子どもの頃僕もありましたよ。父が最初に僕に買ってくれた本を読んだときとか。確かニュートン力学について纏められたものだったと思います。アレを読んだときはもう訳が分からなくて……でも、どうしようもなく惹かれてずっとそれを読んで考えていました。そのうち、どうして家の庭木は水だけで育つんだろうとか……朝顔がいろんな色になる理由とか……そっちの方に興味が行ってしまったんですけどねぇ」
わかばは頬を掻きながら、物理学は縁が無かったですと笑った。
「なるほど……、お前が……わかばもそういう事があったなら……私もいずれはそれを楽しいと言えるのだろうか」
「ええもちろん。というか、本当につまらなければ、そこで説明されたとしても何も感じないのでは無いでしょうか。それこそ詰まらん、と一言で切って捨てる人も居ますよ」
「そういう、ものか」
「えーっと、多分……」
りんはわかばを見やってから少し考え込んだ。角砂糖が溶けた珈琲を少し飲んで、ふと思った事を口にした。
「今のところよく分からないが……なんと言えば良いか……わかばが楽しいというのを見るのは、少し面白いな」
がちゃ、とわかばが手に取ろうとしたカップがソーサーに派手にぶつかって音を立て、わかばは慌てて持ち直した。
「あ、はは。そ、そうですか? それならそれはそれで……よ、良かったです」

店を出て車を走らせ始めた時点ではかなり日も高く見えたが、落ちる影は長く夕方のそれだった。
屋敷の門を通る頃には辺りは暗くなり始めており、まだ街灯も少ない屋敷近辺の暗がりでは、お互いの顔はほんのりと残る夕陽が輪郭を浮かび上がらせる程度だった。
玄関の戸を開けようとしたりんは、躊躇うように手を掛けたまま振り返って前庭の車を止めた場所に立つわかばを見やった。
「いいのか、これ。結構値の張る本のようだけど」
「ええ、僕は読みましたから。それに僕は学校の方でも読む事は一応出来ますから。もし興味があるならりんさんが持っていた方が良いと思います」
りんは少し迷ったような表情を浮かべて
「ありがとう。その……大体私は屋敷に居るから……」
「ええ、運転覚えたくなったら言ってください。電報とかでも平気ですから」
「そう……」
りんは他に言う事が無いか考えあぐね、やがてため息をついて、玄関の扉を開けた。
「それじゃ。……今日は、楽しかった……」
りんの言葉にわかばは明るい声で
「それなら、良かったです。楽しそうなりんさんを見るのは僕も好きなんで」
手延べガラスがはめ込まれた屋敷の玄関扉の歪んだ景色の向こうに写る影を、りんは思わず振り返った。
「暗くて、何も見えないじゃ無いか」
手を振り車に乗ったらしい影を見つめ、思わずりんは呟いた。

最果ての楽園の少女

どこまでも広がる青い空にかすむ雲が時折たなびき、青い海はどこまでも広がり水平線はどこまでも平らだった。
りなは日課である朝の見回りでしばらく海を眺めていたが、やがて飽きて立ち上がった。
「なー、今日は何も落ちてないな」
誰とはなしに呟いた言葉に
「そんな毎日何かあるものでもないな!」
「森にいったりなこがなんか見つけたみたいだな」
ひょこりと後ろからりなじが報告し、りなよとりなっちは振り返った。
「なな、じゃあ森の方に行くな!」
「了解な」
りなは砂浜の上をぴょんぴょん跳ね飛びながら森の方に駆け上っていった。砂浜は強い風に砂があっという間に流され岩場になり、その岩は風に吹かれて転がりあちこちでぶつかりながら再び砂になって別の砂浜になったが、りなはそんな様子には頓着することもなく、彼女が森と呼んでいる木立の中を分け入った。
森の中を進むと開けた場所に出た。その先にはりなこが椰子の実のような物をもって転がしていた。
「な、どこにあったのな?」
「ここに一個だけ落ちてたんだな。でも中身何も入っていないな」
こんこんとりなこが実を叩くと、空っぽの椰子の実の中からカラカラと鈴の音がした。ぽいっと放り投げるとりなよとりなぞうがなんだーと肩をすくめた。
「ここ最近全然良い物が落ちてないな……」
「しょうが無いな。とりあえずまた駅に行こう」
りなは一人で森を抜けて島の反対側にある無人駅にたどり着いた。何のためにあるのか誰も知らないその駅には、時折マッチ箱のような一両の電車がやってきて、しばらくすると勝手にどこかに走り出していた。何度か乗っていくことも考えたがどこに行くのか分からない電車に乗るのは嫌だとりな達の反対にあって結局いつも見送るだけだった。
「まっだかなー、まっだかなー」
りなはぽつんと立つ駅の構内に入ると駅名を見た。相変わらず駅名は風雨にさらされたせいかペンキが剥がれて読めない。かろうじて行き先に「福」の一文字が読めるだけだった。
かたん、かたん、とどこからか規則正しいリズムを刻んで何かが遠くから近づいてきた。
「来たな来たな!」
線路の向こうを、身を乗り出して眺めていると、りなよが首をかしげた。
「どうせ何もないんじゃないかな」
「確かに、今までも何もなかったしな」
「じゃあ、いっそ乗っていっちゃうのはどうな?」
「えー」
「危ないな」
「……」
それぞれ好き勝手言いながらわいわい待っていると、クリーム色と緑色の二色の車体の電車がすうっと駅に入ってきて止まった。
ドアが開いて、りな達は中を覗き込み
「……え……?」
座席にぽつんと座っていた青年は、ぽかんとりな達を見つめて首をかしげた。
「なな!?」
「人が乗っていたな!?」
きゃーっとりな達はバタバタと電車から離れて駅のホームから飛び出した。その後を、青年が慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってください一体ここはぐあっ」
顔面からホームの段差に躓いて、青年はばたりと床に倒れて伸びた。
「鈍くさすぎないかな……」
りなじが恐る恐る近づいて、頭をその辺にあった木の棒でつつくと、ううっと呻いて顔を上げた。
「えっと……」
「なー……お前、どこから来たな?」
「え……いえ、そう言われても、気がついたらあの電車の席に座ってて……ずっと……」
青年はふらふらと視線を彷徨わせて首を振った。
「名前はなんて言うな?」
「わかば……」
青年は囁くように呟く。ガタン、と音がして全員が振り返ると、電車のドアが閉じて、再び音を立てながら島の端にある岩山を突き抜けるトンネルの中に消えていった。
「あのトンネルの向こうは?」
「知らないな。ずっと向こうまで続いていたけど真っ暗だし」
「真っ暗?」
わかばは首をかしげて山を見上げた。山は島の端を区切るようにあり、その向こうは特に何も無い。向こうまで続いているならばすぐに山の反対側である島の向こう側が見えるはずである。
「……確かに、真っ暗ですね……」
りな達に案内されてわかばは不思議そうに線路が見えなくなる遙か向こうを見つめた。
「なー……それより、おい、わかば」
「はい、何でしょう」
「折角だからりな達が遊んでやるのな」
「りな、達?」
「りなっち、りなじ、りなぞう、りなよ、りなこ、りなむの六人だな!」
りなが説明すると、わかばは混乱した顔で
「え、でも今は一人ですよね?」
「そういうときもあるな。りな達はいつでも増えたり減ったり出来るんだな」
「こんな風に」
「どれが誰か分かるかな?」
「ななな!」
背後から全く同じ、まるでコピーのようなりなが複数現れ、わかばは頭を抱えて
「そ、そんな馬鹿な人間が単純分裂する訳が……」
と何かブツブツと言っていたが、その背中にりなっちとりなよがしがみつく。わかばは突然かかった荷重にうっと呻いてバタリと地面に倒れ込んだ。
「何をブツブツ言ってるんだなわかば」
「ここはいつもそうだな。お願いすればそのうち叶うのな」
「お、お願い?」
わかばが起き上がってりな……っちかりなよを膝の上にのせると、わらわらとりな達がわかばに寄ってきた。
「そうな、今日は面白い物が無かったから何か来ないかなーって思ったらわかばが来たな」
「この前はたくさんのおもちゃが流れ着いてきたな」
「更にその前にはケーキがいっぱい落ちてきたんだな」
りな達の発言にわかばはううっと呻き
「め、めちゃくちゃだ……」
りな達はわかばを引っ張って駅とは反対方向にある砂浜に向かった。
「さあさあ、さっさと遊ぶのな!」
「なな!」
わかばは少し考えてから、
「そうですね、どちらにしろ帰る手段もないですし」
「帰る?」
「帰るって? どこに?」
りな達は不思議そうに首をかしげてわかばを見上げた。
「え、りなさん達はずっとここに居るんですか?」
浜辺へ向かって歩く六人の後ろから歩きながらわかばは問いかけた。りなっちが頷いて
「そうだな、ずっとここに居るな」
「その、ご両親は」
「? 両親? 何なのな?」
りな達は口々にわかばに向かって問いかけた。
「いや、あの僕はあの電車できましたけど……りなさん達は」
「気がついたらここに居たのな」
「ずっと前からな」
「電車に乗ってきたとかではなく……?」
わかばの問いに、りなはうーんと考え込み
「さあ、覚えてないな」
りなは砂浜へ出ると遙か先まで何も見えない海を指さした。
「あっちの方からいろんな物が流れてくるんだな」
「……これは……」
わかばは砂をすくい上げて、不思議そうに首をかしげた。
「砂……?」
珊瑚やガラスのような鉱石が砕かれた物とは質感の違うそれをわかばは首をかしげて見つめた。そして、向こうまで見える海を見つめてふと気付き、上を見上げた。
「あの、太陽はどっちにありますか?」
「たいよう?」
りなは不思議そうに首をかしげた。
「何それ」
「ええ、だって、こんなに明るいのに……」
わかばは首を巡らせて、明かりの元を探したが、空全体が光っているかのように光源は見当たらなかった。
「おかしな奴だな」
「海に落としちゃうな?」
「や、止めてくださいよ」
わかばは慌てて海から離れ、りな達は笑いながらわかばに飛びついて引っ張った。
「なー、何して遊ぶな?」
「うーん、人数がそこそこ居るから何でもできそうですが」
「じゃあかくれんぼ、わかばが鬼な」
「ええ、でも、一人になったりされたら僕分からないですけど」
「大丈夫な! そんないかさまはしないのな!」
言いながらりな達はバラバラに飛び出していった。わかばは、目を閉じて十まで数え始めた。
「……九……十! もういいかい」
「もういいよー」
りな達の声が聞こえ、わかばはちらりと海の方に目を向け、隠れたりな達を探すために歩き出した。

「なー、まさかこんなに簡単に見つかるとは……」
りなはごろごろと転がって不満そうに口をとがらせた。
ベンチに座るわかばはニコニコと笑って、りな達が拾ってきた草や流れ着いた物を手に取っていた。
「すみません、つい、久しぶりで」
わかばは手に持っていた草を横に置いてりなに向き直った。
「なんだか、暗くなってきましたね」
「夜だから当然だな」
りなは欠伸をしながら地面に転がって足をパタパタと振った。
「夜はいつもどこで寝てるんですか? 建物とか……無いですよね」
「駅の中とか……砂浜で寝るんだな」
「ええ、危なくないですか?」
わかばの言葉に、りなは平気平気と言って立ち上がり、わかばの手を引っ張った。
「こっちに良い場所があるんだな」
わかばはりなに導かれるまま浜辺の方に向かった。暗くなってくると、浜辺に向かう道もほぼ見えず、わかばはつまずきながらりなの後を追いかけた。
「よく見えますね」
「勘だな!」
元気よく歩きながらりなはわかばに言い、浜辺の少し手前から山の方に向かった。トンネルを横目に左の方に歩くと、小高い丘のような、開けた場所に出た。
「へー、結構いろんな場所があるんですね」
「そうなんだな! ここは最近できた場所みたいだけどな」
「え?そうなんですか?」
「なな、この島、いつの間にか形が変わってたりするからな! 毎朝起きて島の様子をチェックするんだな!」
りなは丘の上に寝転がるとわかばを手招きした。同じようにしろと言うことかと、わかばは横に並んでりなと同じように仰向けに寝転がった。
「これは……」
「キラキラしてるな?」
りなの言うとおり、見上げた空は暗く、あちこちで星の光が瞬いていた。そして何よりもわかばが驚いたのは、島の上に光の筋が何重にもなって遙か向こうまで伸びている事だった。天の川は星の粒だが、これはどう見ても一本の細い線が幾層も重なっているように見えていた。流れ星のように端から端まで何かが飛んでいるのだろうか。わかばは魅入られたように見つめて考え込んだ。
「毎日こんな感じなんですか?」
「そう、かな? でも最近はこの線の数が減ってるんだな」
「そうなんですか」
りなは手を伸ばして光の筋を追いながら
「昔はこれくらい大きいのが何本もあったのな。でも今はあの細いのだけなのな」
「今でも十分綺麗ですけどね」
「ななー。まあそうなんだけど……」
りなはふと気付いたのか
「そういえば、ここ最近は全然新しい物も流れてこないし島自体が小さくなってるみたいだな」
「そうなんですか?」
りなは頷いて
「昔はもっといっぱい歩き回れたのに今は反対側にすぐ着いちゃうんだな」
「何でだろう……気になるな」
わかばは思わず顎に手をやり考え込んだが、ごろりと転がってきたりなに乗っかられてうっと呻いた。
「なー、そんなの気になるとか変な奴だなわかば」
りなはにやりと笑って
「りなの方が島のことは詳しいんだから、りながお姉さんになってやるんだな」
わかばは一瞬きょとんとした表情を浮かべたがすぐにへらりと笑って
「はい、よろしくお願いしますね」

島でのりなの生活は基本的に、朝は何か面白い物が海から打ち上げられていないかを調べる事、無ければ島の中をぐるっと回ってパトロールしながら新しい何かが落ちていないかを探し、それも無ければ夜になるまで遊ぶという単純な流れだった。
島の外から何かが流れてこないかというのは分かるが、わかばは何故島の中に何かが落ちているか探すかを問うと
「時々知らない物が生えているから」
という不思議な返答が返ってきた。基本的にりな――達は細かいことを気にしないらしく、わかばが島で起きる不思議な事象について問いかけると、知らない、そうだったか? 覚えていないで返されることが多かった。
ふっと息を吐いてわかばは砂浜に座り込み、どこまでも見える水平線を見つめた。どこまでも平らで恐ろしいほど先まで見えるが、見える全ては平らで島の先に他の陸地などが見える気配は無かった。
電車はわかばが来てからは来る気配は無く、またそもそもわかばが見る限り線路はどこにもなかった。
「おーい、わかば! 何してるな? 何か見えるな?」
少し体が小さい事に気付いて、わかばはそれがりなの中の一人だと言うことが分かった。
「いえ、何も見えないですね……」
わかばは振り返ってりなの一人――恐らくりなじではないだろうか――を見上げて
「他のりなさん達はどうされたんですか?」
「みんなで遊んでるなー」
りなじはわかばの隣に座り込んでわかばが眺めていた海を見つめた。
「何にも無いんだナ、ここ」
「ええ、まあ」
りなじは手元の木の枝を拾い上げて、無造作に振ってから囓り始めた。
「ええっ!? ちょ、ええっとりなじさん!?」
「なー、よく分かったなわかば」
「いや、えーっと、その……そんなの囓っちゃ駄目では。おなか壊しますよ」
「平気な。色々食べてみたりしたけどどれも何も感じないのな」
「え?」
ほら、とわかばは差し出された木の枝を恐る恐るりなじと同じように囓ってみた。枝は簡単にかみ切れて口の中で溶けるように消えてしまっていた。わかばは思わず口に手をやるが、かみ切ったはずの繊維のようなものもまるで感じなかった。
「これは一体?」
「さぁ……? りな達はこれが普通だからな。わかばは違うのな?」
「僕の記憶にある木の枝というのはもうちょっと……繊維質というか、土の匂いというか……」
「どれもよく分からないなー」
りなじは首をかしげて不思議そうにわかばを見やった。
「りなじさんはその、感じないと言っていましたけど」
「うーん……何となく、ずっと昔おいしい物を食べたような気がするんだけど、りな達ずっとここに居るはずだから……」
「僕から何かわからないかと?」
「……」
りなじは悩ましそうに眉を寄せて首をかしげた。二つに分けて結ばれた髪を指で弄ってどう言えば良いのか悩むように
「……わかばが乗ってきた電車は時々空っぽの状態でここまで来るんだな。本当はりな達――私はアレに乗って帰らないといけないんじゃないかって思って」
言いながらりなじは首を振って立ち上がった。
「な、よく分からないな」
パタパタと走って行くりなじの背中を見送り、わかばは立ち上がって海の方に目を向けた。
どこからかうねるような低い音が鳴っているような気がして、わかばは首をすくめてりな達の居る方に歩き始めた。

どのくらいの時間をその島で過ごしたのか、わかばは最初のうちは数えてみたが、島は気まぐれにいろいろな物が変化してしまうようで、記録のために木に印をつけたりしても跡形もなく消えてしまう事が日常茶飯事だったため、途中で数えることはできなかった。昼と夜も恐らく長さはバラバラなのではないかとわかばは思っていたが、それを調べる術もなかった。
その日も浜辺で何も釣れない釣りをして遊んでいたりな達とわかばだったが、ふと、りなの誰かが――おそらくりなこだったと思う――何かに気付いて顔を上げた。
「なー……電車が来たのな」
「電車?」
「ななっ?」
「ほんとだ、音がするな」
りな達はその場に道具を置いてバタバタと駅に向かって走り出した。その後をわかばも走って追いかける。波の立たない水面を滑るように電車は島に入ってきて、駅のホームに静かに止まった。
りなとわかばは誰か居ないかと中を外から眺めてみたが、電車の中には誰も乗っていなかった。
「誰も居ないな……」
りなは呟いて、窓から顔を離した。
「……りなさん、僕はこれに乗って行ってみようと思います」
「え……」
りなは驚いてわかばを見上げ、慌ててわかばの服を引っ張った。
「何言ってるんだな? どこに行くかも分からないのに」
「そうですけど……」
わかばは困ったような顔でりなの頭に手を置いた。
「僕、多分ここに長居をしてはいけない、気がしていて」
「な、何でな? 別にりな達は困らないし、それに……」
わかばは静かに首を振った。
「多分、本当はりなさんも……帰らないといけないんだと思います」
「……りなは……ずっとここに居たんだな……。別に帰るも何もないな」
「そうですね。ただ何にしろ僕が先に行った方が良さそうですので。何かあれば戻ってきますし、駄目だったら……」
わかばはふと口をつぐんで首を振った。
「とにかく、まあまずは危険かもしれない場所には大人が行くべきだと思いますので」
わかばはりなを元気づけようとしたのか軽い調子で言って笑い、電車に乗り込んだ。まるで待っていたかのように電車のドアが閉まり、そのまま電車は駅を出た。
「わかば……! まっ……」
ホームの端まで追いかけてみたものの、りなはそれ以上先には進めず、その場に立ち止まった。りなが目で追いかけていると、電車はそのまま島の中央と突っ切って、奥にある暗闇に続く山のトンネルの奥に消えていった。
気がついた時には空は暗くなっていた。りなは何となく山辺の横にある丘に向かい、一人でごろりと横になった。
「正確には一人じゃないけどな」
「でも結局はりなだから一人なのでは?」
「でも数は六人だし」
「りなじどうしたのな、元気ないな」
「わかばが居ないから……とか?」
「何で?」
自分のことなのに何で分からないの?
どのりなが言ったのだろうか、あるいは一人の寝言なのか、りなは驚いて起き上がった。
気がつくとりな達は消えていて一人で丘の上で寝転がっていたようだった。
そんなに長い時間寝ていたつもりはなかったが、気がつくと辺りは明るくなっていて、りなはいつもの日課をこなそうと派鍋に降りた。浜辺に降りたりなは思わず目を疑い呆然と海を見つめた。
昨日まではあった海の水が遙か向こうまで引いてしまっていた。りなは恐る恐る下に降りてみたが、水はどこにも見えず、遙か遠くから波の音のような、低いうなり声が聞こえてくるだけだった。
何かがおかしいのだが、どうすれば良いのかりなには分からなかった。
りなはとりあえず島の真ん中にある駅に向かった。もしかしたらわかばが帰ってきているかもしれないという淡い期待がわずかにあったのかもしれない。しかし、駅のホームには何もなく、向こうから電車が来る様子もなかった。
どうすれば良いのか、考えようと駅のベンチに座ると、突然辺りが真っ暗になった。正確にはうっすら空に星のような灯がちらちら見えたが、明るさに慣れていた目は何も見えず、りなは狼狽えた。
暗さに慣れたところで、りなは立ち上がって駅の向こうにある山を見やった。線路に降りて、わかばが乗っていった電車の向かった山のトンネルの前まで歩き、立ち止まった。不思議なことに暗くなった事でトンネルの中のわずかな灯が見え、少し先が見通せるようになっていた。オレンジの灯を頼りにそっとりなはトンネルに足を踏み入れた。
「は、入るのな? そこ」
「ちょっと待てば元に戻ると思うけどな」
「止めた方が良いんじゃ無いかな」
さっきまで出てこなかったりな達がひょこりと後ろからトンネルの奥を見て口々に呟いた。
「でも、なんか島の様子変だし……」
「それはわかばが色々変なこと言ったからそう思ってるだけでは?」
「海が無くなっちゃったのも別に島の中の物が無くなるのと大して変わらないな」
「空だってちょっと早く暗くなっただけな」
りなじはそうだろうかと考え始めてみたが、やがて首を振って
「でも、やっぱりりなは……私は……」
りなはトンネルの奥に向かって走り出した。同時に後ろから聞いた事も無いような轟音が響き思わず振り返った。まだそんなに遠くないトンネルの入り口から見える景色は想像を絶していた。暗い空に逆巻くような風が吹き荒れ、木々がなぎ倒され、引いていたはずの海の水がとてつもない大波になって島に襲いかかっていた。
それどころか、波はトンネルの中にも入り込んでりなの居る場所まで水を運び込んでいた。
「ま、まずいな……」
りなは慌ててきびすを返して走り出した。荒れ狂う波の轟音が後ろから響き、背中には何度も波頭が当たった。トンネルの先はまるで見えず、暗い中を一人でただ走り続けていた。
ふと、何かにつまずいたのか体のバランスを崩した瞬間、後ろから迫ってきていた水がりなの体を押し流し、そのままりなの意識は暗転した。

こしょ、こしょと耳元で何かが囁いている声がした。
りなは思わず手でそれをぐいっと向こうに押し返そうとすると、妙に弾力のあるぬるっとした物に触れた。
「ななっ!?」
慌てて起き上がると、半透明のマンタのようなものがふわふわとりなの周りを回っていた。
「こしょ……」
マンタは恐らく驚いたのだろうか、ひらひらとどこかに飛んでいってしまい、りなはぽつんと一人残された。
どこだろうと当たりを見渡すと、あの島とは別の、知らない場所に倒れていたようだった。
大きな坂と、その上には大きな鳥居があり、りなの側には線路が走っている。
「あれ……本当だ」
どこからかりなと同じくらいの女の子の声がして、りなは思わず声の方に振り返った。
黒い駅長の帽子にぶかぶかの黒い制服のような物を着た女の子が、困ったような、ビックリしたような顔でりなを見つめていた。後ろにはあの半透明のマンタも居る。
女の子は参ったなーと頬を掻いて独りごちた。
「ここに来るなんて……迷子というか、運が良いというか……うーん、どうしよう」
「こしょーこしょこしょ……?」
「うーん……まあそれしかないよな」
少女はりなの方に向き直って腰に手を当てた。
「君、運が良いよー。ここからなら送ってってあげられるよー」
「送るって……?」
「あー……まあその辺はさ、気にしない気にしない」
ほらこっちー、と少女は手を振って歩き出した。りなはよく分からなかったが少女の後を追いかけた。大きな坂の下にある細い線路の前に来ると、小さな亀が――これもやはり半透明だ――首をかしげるような動作で線路の上から見上げてきた。
「そうそう、迷子。放り出すのはまずいだろ。悪いんだけど送ってってくれる?」
「ぺら」
小さく頷いた亀に、少女は段ボールの箱を乗せた。
「はい、これに乗って」
「だ、大丈夫な……?」
恐る恐る乗ると、一瞬亀が沈み込んでふわりと浮き上がる感触にりなは小さく声を上げた。
「あまり動くと途中で振り落とされて帰れなくなるかもしれないから、しばらくはじっとしててね」
少女はそう言うと、よろしく、と亀に手を振った。
亀はゆっくりとりなを乗せて動き出し、線路を進み始めた。りなは先を見つめて思わず声を上げた。
「ま、前っ!」
何もない虚空を進み始めた亀はそのままふわりと落ちるように急降下した。
りなはそのままもう一度意識を失い、目の前が真っ暗になった。

規則正しい電子音が耳について、りなは体を動かした。
ピッピッと心拍数を計っていた計測器は、安静時の鼓動から音が速くなったことを知らせていた。真っ白な天井と真っ白な壁が目に入り、りなはしばらくここがどこかを考えていた。
モニターでもしていたのだろうか、パタパタと看護師の女性が中に入ってきてりなの様子を見ると、大きな声で先生! と呼んで廊下を走っていった。
「何なの……?」
りなは起き上がって体をゆっくり伸ばして肩を回した。ぼんやりと、学校から帰る途中、道を歩いていた時に後ろから車のクラクションが聞こえた記憶が浮かんできて、りなは体を見渡した。多分あの記憶が一番最後の記憶だろう。そうすると、自分は事故にでも遭って病院でずっと寝ていたいたということだろうか。
白衣を着た医者が部屋に入ってきて、調子はどうか、痛い所はないか聞いてきた。特にないと言うと、準備ができたら改めて精密検査をする事を告げ、家族ももうすぐ来るはずだと言って出て行った。
家族……はもちろん覚えている。
りなはばたっとベッドに身を投げ出して、何か忘れているような――? と首をかしげた。家族、でもなく、友人、でもなく……。
起きる少し前までは覚えていたはずだったが、目が覚めた瞬間から夢と同じようにどこかから零れてしまって、もどかしい気持ちでりなは頭を押さえた。
その後行われた精密検査の結果、肉体の傷はほぼ問題ない事が確認できた。その時にりなは自分が一年近く寝ていたことを知らされた。季節が一巡していたせいで全く気付かなかった。
ただし、医者が首をかしげていたのは頭を強く打っていた訳でもなく、肉体的な傷を差し引いても意識が戻らない状態になってしまった原因が分からず、医者も頭を悩ませていたと言うことを口にした。
一年ずっと寝ていたので、リハビリが必要と判断され、退院はリハビリの状況から判断することになった。
一人である程度歩けるようになると、りなは杖をついて病院の中や、外を少し散歩するようになった。運び込まれた病院はかなり設備が良く、昨日通りかかったエリアでは外に出られない子どもやけが人のストレスの軽減のためにと、かなり新しい仮想現実を体験できる設備も置かれていた。
――今日はどこに行こう。
良い天気だったので、りなはふらりと外に出て病院に隣接する公園に足を伸ばした。杖のつくコツコツという音をリズミカルにうちながら、公園の中に足を踏み入れると、ふと、視界に写った誰かの姿が目を引いた。
寝癖なのか、あるいは地毛なのか判別しがたい好き放題に跳ねた短髪の青年が、一人、つつじの植え込みの側に置かれたベンチに座っていた。
「わ、かば?」
思わず、声が漏れてりなは、ようやっと思い出してきた。
「わかば」
「う、わっ!?」
声をかけられた方は驚いたのか読んでいた本から顔を上げて背後に立つりなに目を向けた。りなは一瞬ひょっとしたら覚えていない――そもそも自分の夢だったのでは? ――という可能性に気付いて、しまったと口元を手で覆った。青年は、りなを見つめるとほっと息をついて
「ああ、りなさんも目を覚ましたんですね」
「な……なぁ?」
りなは思わず息を吐いて、そっとわかばに近寄った。彼は読んでいた本を脇によけ、両手でずるずるとベンチの反対側に少し寄った。植え込みの陰で気付かなかったが、わかばの手の横には松葉杖が立てかけられていた。
「……それは?」
「ああ、お恥ずかしいことに……車を運転していたときに事故ってしまって……骨折で済んで良かったんですけど、頭も打ってしまっていたようでしばらく意識が戻らなかったみたいです」
わかばは手を振って答えた。
「それじゃ、えっと……わかば、あれ、夢じゃないって」
「何となくですが……」
橫に座ったりなの問いかけに、わかばは手に持っていた本をりなに見せた。何かの説明書のようにも見える。
「……ちょっとここの病院に導入されているVRの設備について調べたんですけど……専用のサーバーを立てて、そこでVRのゴーグル――というよりは脳波測定器に近いようですが――をつけたユーザーの脳のパルスを受信してサーバー側にある仮想世界の情報のデータと統合してユーザーに送るような動作をしているようです。よくあるものですし、それで何か人に問題が起きると言うことは無いと思うのですが……」
わかばはパラパラとページをめくりながら
「もし良ければ僕がいなくなった後の話を聞いても良いですか」
りなは思い出せる範囲で、わかばに電車が居なくなってからの話をした。自分がトンネルに入った後、最後に見た不思議な風景の話をすると、わかばは首をかしげて
「僕は電車に乗ってあのトンネルに入って……割とすぐに目が覚めたんですよね。そんな不思議な所には行った記憶が無いです」
少し考え込んだわかばはやがて
「ただ、りなさんが目覚めたのはかなりラッキーだった気がします」
「どうしてな?」
「実は、つい先日の事らしいんですけどVRの設備で問題があったようで設備の点検と、サーバーの入れ替え作業が行われたそうで……」
わかばは辺りを見渡して誰も居ないことを確認するとりなにだけ聞こえるように少し小さな声になり
「実を言うと、業者の人の会話を偶々、立ち聞きしたんですよね。どうやら最初の構築時に問題があったみたいで、ネットワークの接続を誤っていたようです。本来はVR設備の中だけで完結するはずのクローズドなネットワークだったらしいんですが、間違えてケーブルが刺さっていたみたいで、院内のネットワークに繋がっていたと」
「それが?」
「うーん……多分ですけど……、本来はサーバーと人だけだったネットワークのはずが、りなさんが目覚める寸前までは、院内のネットワークに繋がっていた。理屈も理由も謎ですが……その結果脳波測定で受信したデータの一部がサーバーからその先の院内ネットワークのどこかに流れてしまっていたんじゃないかと。流れたデータがどうなって、それがどうして僕らが昏睡状態になったのかは……もっとちゃんと調べないといけないんでしょうが。サーバーが撤去されてしまったようなんですよね」
「ちっとも分からないな」
「僕もよく分からないです。ただ、これ」
わかばが示したのは取扱説明書の中の一ページだった。そこには仮想世界の一例として小高い山と駅がある小さな島が紹介されていた。
それはりながいたあの島とほぼ同じで、りなは食い入るようにページを見つめた。
「どうして僕らだけかは正直分からないですね。調べた感じではこの病院で長い間眠っていたのはりなさんと僕と、他にも数名いらっしゃいました。でもその人達で目が覚めた人で似た体験をした人は居なかったようです」
りなは本をわかばに返して、考え込んだ。
「それこそ、りなさんがこちらに戻ってこれなかった可能性は相当あったと思います。どこにいったん行ってしまったのかは分かりませんが、本当に運が良かったんじゃないでしょうか」
「あの場所はやっぱり天国、とかなのかなー」
「さあ、三途の川や、花畑が見えるというのは元々臨死体験をした人間の証言などから生み出された共有された記憶のような物だそうです。つまり、実際にそんな物は無く、自分が勝手にそういう物だと思って脳が見せている。ただ……、そうすると一番最初にそのイメージを作った人が見た物は何かと言うことになりますよねー」
「その人は本当に見たかもしれないのかナ?」
「その方が夢がありますよね」
わかばは杖を取ってよろけながら、立ち上がろうとした。その体をりなが支える。
「りなさん危ないですよ」
「りなはもう殆ど杖は要らないんだな!」
もう直ったからと、りなが言うとわかばはため息をついて
「はあ、若いって良いですねー」
コツコツと杖をついて歩き始めるわかばの橫を並び、りなはわかばの腕を取って一緒に歩き出した。

ナルキッソスの宴

ワカわか 現パロ

隣の家に誰かが越してきたのに気付いたのはつい最近だった。

その家は昔から近所でも有名な曰く付きの屋敷で、わかばが子供の頃には既にいくつかの世帯が入れ替わり立ち替わり入居し、やがて気がつくと居なくなっていた。幽霊屋敷の探検と称して、こっそり庭に忍び込んだ事もあった。
誰も居ない屋敷の庭はわかばの小さな家には無い立派なもので、かつて住んでいた住人達によって植えられた花や木々が無造作に伸びて広がっていた。一見すると不気味ではあるがわかばは広がる花や木を眺めるため、時折中に潜り込んで、少しの間茂みの中で虫に刺されない程度にしゃがんで眺めていた。

その、屋敷に随分若い入居者があったとかで、近所に住むおばさんから少しだけ話を聞いた。お若いのに学者さんでお金持ちだそうよ、とわかばにこっそり耳打ちしてきた。何か言いたそうにしていたのは、何だったのか、わかばはそのときは分からなかった。

その日、出かけようとして家から出ると、件の家の方でも音がして、ぼんやりと音の方に目をやると、中から出てきた人がわかばの方に気付いた。
目が合った瞬間、思わず呆然と相手を見つめるしか無かった。それは相手も同じようで、わかばの視線に気付いたのか振り向いて凍り付いたように凝視していた。
正直な所、ほぼ同じ人間が少しばかり違う服を着て違う家から出てきたというシチュエーションだ。昔よく見たテレビとかの特集だったらドッペルゲンガーだと話題になるレベルである。
どうしようと考えていると、向こうの方が先に気を立て直したのか、こちらに向かってにこりと笑って近づいてきた。わかばも慌てて笑顔を作り相手を見返した。
「あの、こんにちは」
「あ、ええと、どうもこんにちは」
「隣に越してきた、ワカバという者です」
ぽかんとして見つめると、ワカバはどうしたのかと訝しむように見つめてきた。
もう、こうなれば仕方が無い。
「……えっと……そこの家に住む……わかば、という者です」
わかばの自己紹介に、相手は少し呆けたような顔をしてすぐに嬉しそうな顔をした。
ほっとして、わかばも表情を緩める。
「すごい偶然ですね。きっとこれも何かの縁。仲良くしましょう」
そう言って手を差し出してきた、自分と似た青年に、わかばはほっとして手を握り返した。
「こちらこそ、何かあったら何でも言ってくださいね」
わかばの言葉にワカバはありがとうと言って微笑んでいた。

それから、なんとなくお互い少しずつ顔を合わせたり、道で会ったら会話をしたり、ごくごく普通の近所づきあいをしていた。

特にわかばが元は研究職を目指していた事を知ってからはかなり色々教えてくれたりもした。
彼は昔から続く学者の家だとかで、本当はもっと山手の方に実家があると教えてくれた。
どうしてこちらに来たのか聞くと、自分で自由に出来る部屋がほしかったからだと言った。
「わかば君はここには長いの?」
「ええ、まあ。昔から居ますね。祖父の世代から小さいですけど家も残っているし……。おかげであまり高望みしなければ何とか生きていけますし」
「ふーん……でも、わかば君の実力なら結構良い所狙えそうなのに……」
「あはは、まあでも難しいですよね。コネじゃないですけど、知り合いの伝手もないし。ワカバさんはすごいですよね。自宅にも研究室みたいなのあるんですよね」
「そう、まあ簡単な事は調べられたら良いなと思って。もし良ければ今度中を見てみる?」
ワカバの誘いに、わかばは思わず興奮して目を輝かせた。
「い、良いんですか? ホントに?」
「うん、別に構わないよ。でもちょっとお願いがあるんだけど」
彼はにこやかに笑ってわかばの肩を叩いた。

初めて入ったワカバの家は、段ボールなどもほぼ片付いており、すっきりとしていた。
この家に入ったのも初めてである。庭だけでもすごかったが中も広かった。しかし、広い屋敷に一人でさみしくは無いのだろうか、と思うほど広く、片付けられていてどちらかというと落ち着かなかった。
通されたのはかなり立派なソファが置かれた立派な客間で、わかばは更に落ち着かない気分でふかふかのソファに腰掛けた。沈み込みそうだ。
「口内の細胞の採取……ですか」
わかばはお願いごとを聞いて思わずオウム返しに呟いた。
彼は頷いて
「僕ら、ここまで似ていると言う事はひょっとしたら過去に同郷の出だったとか、何か面白い物が無いかと思って。迷惑なら良いんだけど」
出されたお茶を飲みながら、わかばは少し考え
「いえ、良いですよ。面白そうですし、僕も興味あります」
ワカバは手を叩いて嬉しそうに
「そう言ってもらえて良かった。さっそく道具を持ってくるから待ってて」
と立ち上がって部屋から出て行った。
おそらく研究用の部屋のある方からガタガタと音がし、しばらくすると木箱を抱えて戻ってきた。
「……えっと、じゃあちょっとここで悪いんだけど、口開けてもらえる?」
箱から綿棒の箱を出して一本取り、ワカバはソファに座るわかばの前に立った。
「あ、はい」
歯医者に見てもらうように口を開けて少し上を向くと、ほぼ同じ顔が自分を見下ろしていた。本当によく似ている、とぼんやり考えているとワカバは綿棒で左頬の裏側を軽くこすった。
「よし、これは採取完了と……あと、他にもいくつか採取して良い?」
他に何かあるか? という疑問を口にする前に、わかばの右腕辺りにちくりと何か違和感を抱いた。
「え?」
「あれ、痛かった?」
無痛のはずなんだけどな、とワカバは右手に持っていた不思議な形の道具を手に首をかしげた。
「あ……れ……?」
体が痺れるような不思議な感覚に、わかばは嫌な予感がして立ち上がろうとした。
「危ないよ。少し弱いけど……麻酔かけたから」
「ますい……? なん……で」
ワカバは軽くわかばを押さえて座らせた。わかばはなおも動こうとするが、もがいて更にソファに沈み込んだ。
「無痛注射っていうけど、まあ、しょうが無いよね」
無造作にテーブルに置かれた注射を呆然と見つめるわかばを、ワカバはおかしそうに見つめて笑った。
「会ったときからじっくり観察したいと思ってたんだ。良い機会だし、きっとお互いにとっても有益だよ」
何でも言ってください、って言ってくれたしね。
わかばはそんなつもりで言ってないと抗議しようとしたが、ろれつの回らない舌はうめき声のような物しかでなかった。

着ていた服を無造作にまくられ、ひやりと冷たい空気が皮膚に触れた。
麻酔は弱いといっていただけあり、もがけば少しは体が動かせるので、わかばは身を捩ってワカバの拘束から逃れようとした。
「体もあまり変わらない感じ……だけど少し肉が足りないね。食事の影響かな」
もがくわかばを押さえ込み、ワカバはいたく冷静にわかばの肌に指を這わせた。ぞわりと我知らず背中が総毛立ち、わかばは思わずひっと声を漏らした。
まずい、これは本当にまずい。皮膚を這う他人の指の感触にわかばは自分でも心拍数が上がり、何かよく分からない感覚がわいてきているのに気付いた。
どうにか這いずってでも逃げようともう一度体を捩ってずるっとソファから崩れ落ちた。
「いてっ」
「大丈夫?」
うつ伏せに倒れたわかばの体に上から押さえ込んで、ワカバは優しく問いかけた。
声は優しいが、やっている事とまるであっていない。のしかかってきたまま今しもベルトのバックルを弄って外し始めた。
「や、止めてください、本当に……」
麻酔が少し抜けてきたのか、わかばの声が意味のある言葉を発した。
「でも、ここ。結構反応しているけど」
「うわっ……」
下着ごと服が脱げて外気に晒され、わかばは身をすくませた。這って逃げようとするが体を押さえ込まれてばたばたと手を床に叩くだけだった。
ワカバの手がわかばの内股をなぞり、わずかに反応し始めていた陰茎を握り上下に扱いた。
わかばの体が大きく揺れ、噛みしめた口からわずかにあえぎが漏れた。
「い、嫌だ、こんな……っ」
「そう? 心拍数とか体の反応は問題なさそうだけど……」
背後からの声にわかばは首を振ろうとした。瞬間、臀部に何か異物が当たり、わかばは振り返ろうとして悲鳴を上げた。中に何か液体のような物――感触的にオイルか何かだろうか――と指が押し込まれ、中をかき回した。
「うっ……ッ!」
指は筋肉をほぐすように動いていたが、時折ある一点に指がかすめるとわかばの体が反射的にびくりと震えた。どうすれば良いか全く分からないが、わかばは何かが足りずに腰を揺らしていた。
「そろそろこれつけた方が良いね」
逃げる気が失せたのか、ぐったりと床に手を投げ出して腰を上げた状態のままのわかばに、ワカバは中から指を抜くと手元にあったゴムをわかばの陰茎に被せた。
「な……なに……」
「混ざると結果がおかしくなるから」
「まざる……?」
わかばは意味が分からずぼんやりと首をひねってワカバを見つめ、さあっと血の気を引いた。
「ちょ、まっ……!」
「体を楽にしないと辛いらしいよ? ほら、息を吐いて」
「む、無理っ、そんな……あっ、ぐっ……ッ!」
わかばはほぐれた後孔を押し広げて入ってきた異物に思わず悲鳴を上げた。後ろからワカバがわかばにのしかかって
「大丈夫、人の体って意外と柔軟だから。ほら、息を吸って吐いて」
何がどう大丈夫なのかという疑問が一瞬浮かんだが、わかばは楽になろうと言うとおりに息を吸って吐いた。息を吐く事で体の筋肉がわずかに緩み、ワカバは偉いねと言いながらわかばの体の奥に身を沈ませた。
「ん……! も……ッ――ああァ!」
奥を何度も突かれ、わかばは声を上げた。
一際わかばの体が大きく震えて嬌声が上がると、ワカバも体を震わせて息を吐いた。
「……」
組み敷いたわかばを見下ろして、彼は幾分か不思議そうに震える自分の手を見つめ、すぐに何事も無かったようにわかばに声をかけた。
「大丈夫?」
ワカバがわかばの中から身を離すと、支えを失ってそのままずるずると床に倒れ込んだ。返事がないのでとりあえずサンプルを回収しようとわかばからゴムを取り去る。
「シャワーは好きに使って良いよ。これの結果はまた今度出たら教えるから」
わかばは呆然としたまま床に転がっていた。本当に彼は、ただ必要な物を採取するためだけにやっていたようだ。部屋から出て行ったワカバは上機嫌でさっき自分を犯したように見えなかった。
背筋が寒くなり、わかばはどうにか起き上がると体を引きずりながら逃げるように屋敷から出た。

エンドカード後のお話

珍しく本編準拠。
12.1話の後、エンドカードのように全員表側に集合後という前提。
エンドカードに至るまでの色々はすでにたくさん良い話があるのであえて「裏姉妹もワカバもりりも全部普通に復活して普通にみんなと合流」した後の話にしています。
力尽きたわけではない…。

りんの五感と好きを見つけた後どうなるかというお話。